第16話 家族って言っていいか?
樹
それから、ひなちゃんの元へ照がやって来て、妊娠報告を陸と同じタイミングで受けた。満面の笑みで妊娠検査薬を見せたひなちゃんを見て陸は大粒の涙を流したね。
「……もぉ、泣かないでよー」
「……ん、、おめでたいことだもんな…、泣いちゃダメだよな、」
「そうだよー?この子がこの家を選んで来てくれたんだから!」
俺は何も言えなかったな。だって、きっと陽翔が知ればジャンプして喜ぶと思う。次の鳥さんへのお便りは、元気に生まれてきてください、かな?でも、この妊娠の重さを陸と同じくらい知ってるつもりだ。あの薄暗い手術室の前で、陸と何時間も待った2年前。「母子ともに安全である保証はありません。」といわれ、陸は声を上げて泣いてたなぁ。俺の語彙力も飛んでいって、ひたすら背中を摩って大丈夫としか言ってなかった気がする。また、あの経験が来る。……可能性が高い。あの時ほどひなちゃんの状態がいい訳では無い。”万が一”の可能性のほうが高い事は分かってたんだ。
「はるー!ママのお腹の中にね?鳥さんがはるの弟を連れてきてくれたよ?」
「え!!ほんと!?」
「ほんとだよ、6月頃には会えそうかなー?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」
それを聞くと喜ぶんじゃなくて大泣きしたはる。みんなびっくり仰天。嬉しくって嬉しくって泣いちゃったんだって。鳥さんが本当に叶えてくれないのかも思って悲しかったんだって。
「……鳥さんが連れてきてくれてよかったな。」
陸のそんな一言にどれだけの思いが籠っているのか。俺は考えるだけで泣きそうになったのでその場を離れたそれからはまた前の比較にならないほどドキドキした妊娠生活だった。どうか何も起きませんように。どうか安全に産まれますように。俺も沢山願ったよ。でも妊娠中期くらいから徐々にひなちゃんは弱っていった。
「ねぇ、ひな。やっぱり赤ちゃんは諦めよう。」
陸は強く中絶を勧めた。
「いやだ、」
ひなちゃんは認めなかった。
「この子は家に来たいって言ってくれて私の中にいるの。その子の命を私達が絶つなんてそんなこと絶対できない!」
「俺はひなに生きてて欲しい…!それははるだってそうだよ!?なんでわかんないんだよ!」
……とか言いながら、上手くいく可能性は残ってるんだ。大丈夫。何とかなる。そう信じた、そう願ったけど、何ともならなかったんだよな。日増しに弱っていくひなちゃん。そして発作が増えていく。病院管理になって入退院を繰り返す日々。
「いっくん……」
「ままはぁ……?」
「ママはね、お仕事いったよ。」
「……そっかぁ。はる、がんばるね…?」
「ん?」
「はる……6月にはお兄ちゃんになるからさっ、子供じゃいられないからさっ!泣かないようにするんだぁ」
「……そうだな。」
「泣かなくなったらママも褒めてくれるよねぇ!?」
「うん、……きっとね。」
……そしてあの日。家の中で心臓の大発作を起こしたひなちゃんは直ぐに救急搬送されて、そのまま帰らぬ人となった。
ひなちゃん。あれからどれだけ陸が泣いたか知ってる?ひなちゃんが心臓止めてから陸は壊れたように泣いた。なんとか立ち上がって、父としてちゃんとはるにママが死んだことを伝えた。受け止めきれないはるは声を張り上げ泣いた。最後、はるが必死に棺にしがみつく姿はいまだに鮮明に覚えてるよ。ママに褒めて欲しくて沢山頑張ったんだもんな、沢山書いたひらがなや計算を見て欲しかったんだよな。お前のそばで一番見てきたつもりだよ。ごめんな、会えるなんて嘘ついて、疑わない歳であることをいい事に大人ははるにたくさんの嘘を重ねた。
俺の喪服をビショビショに濡らして、ヒクヒク泣いて。
「ままともっとおはなししたかったぁ!!」
「ままにさよならもいってないのに!!」
と泣き叫ぶ陽翔を抱っこしながら、ごめんな、としかいえなかった。何も言わなくてごめんな、隠しててごめんな。お通夜やお葬式中も陸は喪主としての仕事があり俺は陽翔のお守り。
さすがに骨になった姿は見せることが出来ず。起きては泣き泣き疲れては寝てを繰り返していた陽翔と、晴天の空を見ていた。
「……zz……」
「……ひなちゃん、陽翔大泣きだよ。本当にママっ子だったんだから。」
「……んん……zz……」
「ゆっくり天国まで歩きなよ。あと……子供ふたりと陸のこともみててやってよ。……じゃあね。」
優しくて愛されていたひなちゃんはきっと天国行きだろう。そう思って空に向かってそう呟いた。
「……ごめん、樹。」
「あぁ、うん。骨上げおわったの?」
「うん、こんなツボになっちゃったよ。」
「……そうだな。」
「はる、見ててくれてありがとう」
「これは熱出すと思うな。笑」
「……俺がしっかりとみてあげないと。」
「生まれた子も心臓あまりちゃんと動いてないんだろ?」
「うん……先天性心疾患を持ってるみたいなんだ……」
「ひなちゃんと同じ…だったっけ」
「うん……そうみたい。」
ひなちゃんと同じ。ひなちゃんのように、若くして……なんて言葉は聞きたくなかったけど、きっとそうだよな。
「ひなが繋いでくれた命なんだ。俺が何とかしなきゃ。…うん。陽翔も悲しいだろうし、ちゃんと横にいてあげないと。生まれた子も……俺が全部見ないと……」
全部自分で、そんな言葉を言い聞かせるように繰り返した。
結局はるはそのまま熱を出し、俺が診ることにした。
「樹、弟の名前を”照”にしようと思う。ひなが手帳に書いてたんだ。みんなを照らすひかりになるようにって……」
「……そうか。いいじゃん、いい名前」
照だって、生まれた鼻から透明の箱に入れられて全身を動かしながら必死に呼吸してて、鼻にはチューブ、胸にはたくさんの線、その先には大きなモニター。機械に生かされてることは否定できなかっただろう。1歳まで生きれるか分からない、そんな事を聞かされた時は俺はどこまでこいつらに試練与えんだよ。って腹が立った。
ひなちゃんが亡くなってから考えていたことがあるんだ。
「陸、俺も一緒に住んでいいか…?」
「え…?」
「俺、出張多いじゃん?家賃が勿体無いんだよね」
これはホントの話。毎週出張行く俺にとって、家を空けることが多い。
「いや、でも……これ以上迷惑かけるのは悪いよ、」
「いいよ、別に。陽翔もやっぱり熱出しやすいし、照もいつ何があるかわかんないじゃん。陽翔が寂しくならないためにもさ、」
すぐには首を縦に振らなかったが、そんなの寂しさや疲れに敏感な陽翔と常に命の危機にある照を一人で見れるわけないだろ。それからすぐに引越しして今の形になった。相変わらず、出張と在宅の二刀流でやってる俺は、ほとんど陽翔と過ごし、ほんと息子みたいな気分だった。一緒に住み出して、照の心臓の状態がどんどんと顕になって、1歳になる頃に初めての大きな手術をした。
そういや陽翔は照が可哀想、辞めて欲しいって家で大泣きしてたなぁ。照はさすがに覚えてないと思うけど。
それからやっと安定した心臓は退院を認めてくれる程になりやっと家に帰ってきた時は、はるが思ったより触れることにビビってて笑ったな。
「ひ、ひかる……こんにちは……」
「ははは笑」
「ぼくは……おにぃちゃんの……はるとです」
絶対理解してないのに丁寧に自己紹介して、寝てても起きててもずーっと横にいた。待ち焦がれてたもんね。照がなにかする度にわぁっ、ってびっくりする姿は可愛くて何時間も見れた。
でも数週間したらすぐに全身に酸素が回りにくくなって真っ青になった照を陽翔が見つけてくれて、そのまま病院に再入院。そんな生活がずーっと続いていった。一日一日を大切に、を俺の中のモットーとして皆と大切な時間を過ごした。
「い…っく……」
「お、言えたじゃーん、どしたの?照」
「ちゅー……」
「あ、ジュース?お昼はこれだけのお約束なんだ、」
そら夏だもん、喉渇くよな。でも心臓の負担を減らすために最小限の水分量だった。よく、涙目になって、ちゅーってオネダリされて、ちょっとくらいいいかっていう甘さが出そうになった。すこしでも……っておもってうがいさせて、無理やり吐かせて、少しの水分でも飲もうとしてる姿を見て心が痛くなった。
病院の入院歴が長いから、ほんと発達が遅くてそれにゆっくりした性格だったから、鼻に酸素チューブをつけてぼーっとテレビ見たまままーったく動かないこともしばしば。かわいいなぁとその近くで仕事をしてたら、はるが横に行って、知らぬままに抱きついて寝てて。まだパカパカしてた携帯でカシャっと写真を撮り陸に送った。色んなことがあったけど俺も2人を息子だと思ってる。……4人で家族って言っていいかな?
そんなこの3人と歩いてきた道を思い出す。
「照も色々悩んだんだろ。中3の体育大会のあとも少しの間なんも話さなかったじゃん。今考えたら辛かったのかもよ。」
「うん……」
「口が上手じゃないからちゃんと見てやらないとな。お前ももう少し話聞いてやれ、あんなに頭ごなしに言うと絶対照は本音を出してこねぇよ。」
陸もいろいろ必死なことは俺がいちばんわかってると思ってるけど、親として強くあろうな。
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