第4話 人生最大の大博打

【陸人】


そこからひなは意識のない状態となり、口に太いホースをつながれ、そこから大量の酸素が送られ続けた。

そんなひなを見て、俺は走馬灯のようにいろんな思い出が頭の中を巡った。

あの時に止めるべきだったな、今そんなことを思ってもどうしようもないということはわかっていても、

ひなは、一般論に当てはまらない。

また陽翔の時のように、きっと元気に子供を産んでくれる。

……そう履き違えていたことに俺はただならぬ後悔を感じた。



「はあっはあっ……、陸!!」



陽翔を見てくれていた樹がすぐに駆けつけてくれた。

「どう………だった……?」


「まぁ……」


目線を下げれば、俺と樹を交互に見ている陽翔がいて、俺はふと我に返った。


「パパ…?」 


「なぁに?」


「ママは……?」


「ママはね…………」



 もう死ぬかもしれないんだ。口にすごく太いホースを入れられてるんだ。

 真っ青な顔して、ずっと機械に空気を送られてるんだよ。


 まだサンタクロースが実在していると思っているような歳の子に現実を見せるには、あまりにも早すぎて。


「ママはね、今向こうの部屋ですごく頑張ってるんだよ?」    

「そうなんだ!」

「……うん。」

「会いたい!僕全然会ってないから、ママに会いたい!」


ひなは、苦しそうに今日まで生きてきた。

そんな状態で陽翔に隠し、通せないと判断したひなは陽翔に嫌な記憶が残らないようにと別居することにした。

寂しい思いをさせてしまうけど、あまりにもショッキングすぎる事は残したくない、君はもうお腹のこと。生きる事は考えてなかったのかな。

……今になれば色んな言葉の端々がそう言う意味に聞こえるよ。




そして俺は主治医に呼び出された。

   

「お父さん、もう母体は限界を迎えています…………

 このまま赤ちゃんをお腹に残す事は確実に母体を危険にさらすことになります。

 ……最悪……助けることができません。母体を助けるには……赤ちゃんを外に出すしかありません。」


先生の声も震えていた。

 

「でも、まだ赤ちゃん自体も小さく、一般的よりも発育が遅いので、心臓の動きが弱いです…………。

 赤ちゃんのことだけを考えるなら、もう少しお腹の中にいてもらいたいです……。

 今産んでしまうと、うまく心臓を動かせずに亡くなってしまう可能性が高いです。」


母体は子供を産まないと危険。子供は母体にいないと危険。


俺は先生の言葉を噛み砕き、必死で理解しようとした。

そして俺の解釈はこうなった。


「え……?ひなか……赤ちゃんを……選ぶってことですか……?」


まさかと思って、そう先生に聞くと、先生は下唇を噛み少しだけうなずいた。


そんなこと決めれるはずないじゃん…………っ、、





――――――――


「パパ……?」


「なぁに?」


「ママって帰ってくるよね…………?」




「…………かえ、って、、くるよ……笑」



――――――――


「りく…………っ……」


「わたし、じゃなくって、、あか、ちゃんを、たす、、け、て…………」


――――――――






そんな俺のたった2つの大切なものを、天秤にかけることなんてできるはずがないじゃん…………




「陸…………先生なんて…?」


真っ青になって帰ってきた俺に樹は恐る恐る話しかけてきた。


「赤ちゃんね…………まだ小さいらしくって、心臓の動きが弱いんだって…………。」


「…うん…。」


「今取り出したらなくなっちゃう可能性が高い、まだお腹の中でがんばって成長してもらいたいって、先生にそう言われた……」


「そっか……。そうじゃなくて、ひなちゃんは?」


「ひなはねぇ……危険な状態らしいんだ。でもね、助ける方法が1つあるらしいんだよ……。」


「え、!!まじ!?何、そうしようよ!」


「…………その方法はね……お腹の赤ちゃんを取り出す方法なんだって……」


「…………え……?」


「どっちか選んでくれって………、

どっちか選んでどっちも助かる可能性もあるけど、

どっちを選んでもどっちも助からない可能性がある……。」


「…………」


「そんな大博打……俺打てねえよ……っ、泣」


俺は涙が止まらなくなった。


ガリガリ君の当たりの棒すら出たことない俺だよ?

宝くじなんてもちろん当たったことないし、

友達に誘われて嫌で連れて行かれたカジノも大負けだよ。

そんなスター性のない俺にこんな賭け事はずるいって。


誰にどう恨めばいいのか、

どこにどう願えば叶えてくれるのか、

誰に謝ればこんな不幸な出来事を終わらせてくれるのか。


……わかんねーよ……っ





「あ!!いたぁ!!パパぁ!!」


俺の両親と樹と陽翔で、ここに来たらしく、俺の両親と一緒にいたはずの陽翔がこっちに走ってきた。


「………………パパ…?

 …………なんで…涙さん……えんえんしてるの…?」


「…はは…笑……なんでかな………っ、ママが…っ、頑張ってるからかな……?笑」


「そっか!!ママね、もうすぐはるくんにねぇ、弟くれるってね、言ったあ!」


「……ん…っ……笑」


「もうすぐ……会えるんだって……!はるねぇ、お兄ちゃんになるの!!」


――――――――


「りく…………っ……」


「わたし、じゃなくって、、あか、ちゃんを、たす、、け、て…………」


――――――――


「……そ、だね……っ、笑 ママ約束してくれたよね……笑」


「うん!すっごく楽しみ!だからね、寂しいけどいい子にして待ってるんだぁ!ママとの約束だもん!」


そう言って、陽翔はお絵かきを頑張ったとか、読み書きを覚えるように頑張ってることとか、おじいちゃんとおばあちゃんといっくんのお手伝いを頑張ってることとかたくさん教えてくれた。



そして俺は決めたんだ。


「……せんせ……っ、、」


「赤ちゃん、を……っ、助け、て…ください……っ、泣」



…………俺は大博打に出たんだ。

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