第44話 ヤバい奴と名家、吉乃家の鬼才④

 ———俺の言葉……正確には俺の殺気に会場はシンと静まり返る。

 誰もが声を発さない。


「ぁ……ぁぁ……」

「…………」


 殺気を特に浴びているナルシスト君と真面目(屑)は顔を真っ青にして震えている。

 ふんっ、こんな程度でビビるとか性根が弛んでんな。


 俺がもう少し殺気を強めようとした時、椿さんが尋ねてくる。

 

「……維斗、何をしたんだ?」

「何って……単に少し殺気を放っただけですよ? まぁこの2人には他の奴らよりも少し強くしてますけどね」

「つ、椿さん……! 貴女の連れを早く止めてくれないか……!!」


 ナルシスト君が真顔の椿さんの近くに寄って俺を指差して叫ぶ。

 それに追随するように真面目(屑)も口を開いた。


「つ、椿様……貴女も私達東城財閥と西条家を敵に回すなんてことはしたくないはずですよね……? 幾らあの天下の吉乃家であっても私達二大名家を敵に回してただで済むはずがない!」

「……ほう」

「ちょっと待てよ真面目。何でここで椿さんが出てくる? これは俺個人の話であって椿さんとは関係ない話だ」


 俺は椿さんの前に立ち、真面目を睨む。

 真面目は怯んで一歩後ろに下がる。

 

「き、君が誰だか知らないですが……東城財閥を敵に回してタダで済むとは思わないことです」

「やってみろ。俺の周りに手を出したら……死刑になったとしてもお前ら家族を全員殺してやるから」

「……っ、何なんですかコイツは……!」


 まさかここまで俺が引かないとは思っていなかったのか、顔を歪めて吐き捨てる。

 その時———ずっと傍観していた椿さんが声を上げて笑い出した。


「くくく……ははははははっ!!」


 会場全体の視線が俺達から椿さんに移る。

 そして俺は、突然笑い出した椿さんをドン引きしながら見ていた。


「ど、どうしたんですか……椿さん? 遂に人間卒業しましたか?」

「お、おいお前……幾ら従者だとしても椿様に何て口の聞き方を———」

「———やっぱりお前は面白いな、維斗。お前だけは私をもってしても予測出来ない。お前だけが私を人間たらしめる……ふっ、こんなのは初めてだ」


 椿さんは恐ろしいくらいにニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、ナルシスト君と真面目に言い放った。




「———私は全面的に維斗の肩を持つ! 東城財閥? 西条家? 日本の二大名家? ———そんなもの知ったことか! 私のお気に入りと私の愛弟を侮辱した奴はハナから私の敵だ! どっちも掛かってこい! 私が潰してやる!」



 

 椿さんは言い切った後、何処かスッキリした様子でマイクを手に取る。


「聞いていただろう!? 今この時から東城財閥と西条家は吉乃家の敵だ。警備員共、吉乃家の敵を追い出せ!」

「「「「「「はっ!!」」」」」」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 本当に私達を敵に回すのですか!?」

「ふんっ、くどい。さっき言ったことが全てだ」


 真面目が何やら言っていたが、全く取り合って貰えず暴れるも、数人の警備員に拘束されて連れて行かれる。

 因みにナルシスト君は殺気を浴びてからずっと無言で、連れて行かれる時も文句も抵抗もせず連れて行かれた。


 東城財閥と西条家の者が全員会場から摘み出された後、椿さんが笑顔で言う。



「さぁ、パーティーを続けてくれ」



 やっぱり人間やめてますよね、椿さん?









「———本当に良かったんですか?」

「……何がだ?」


 午前0時を回った頃。

 既にパーティーも終わり、俺と椿さんはただでさえ最高級のホテルの最も高い部屋で駄弁っていた。


 そしてそんな俺の問い掛けに、椿さんは首を傾げる。

 いや貴女くらいの人になったらそれくらい分かるだろ……。


「……東城財閥と西条家のことですよ」

「あぁ、それのことか……別にお前が気にしなくて良い。どっちも吉乃家に賠償金を払うと言うので話は付いている。まぁあの2人は2度と私達の前に連れて来るな、と誓わせたがな」

「早っ!? さ、流石ですね……」


 俺は椿さんの予想外の返答に瞠目する。


 と言うか今日はずっと椿さんの隣に居たはずなんだが……いつの間にそんなところにまで根回ししたんだよ。

 もうこの領域まで来たら凄いを通り越して怖いわ。

 

「ふっ……私の我儘で来て貰ったのに、お前に問題が起きたまま帰らせるわけにはいかないからな」

「何か変なところで律儀ですよねぇ、椿さんって」

「別にそうでもない。他では後回しにすることも多々あるからな。ただ……私の最優先事項が———維斗、お前と言うだけだ」

 

 …………。


「……か、揶揄わないでくださいよ。流石にそんなことないでしょう? ……ほら、両親とか彰とか他の兄弟が居るじゃないですか」


 俺はおかしなことを言い出した椿さんから目を背け、恥ずかしさを紛らわせるように茶化して言ってみたのが……。



「———別に揶揄ってないぞ? 吉乃家がその次で、彰は3番だからな」

「え?」


 

 椿さんは本気でキョトンとした表情をしていた。 

 その表情と態度が、否が応でも先程の言葉が嘘ではないと俺に告げる。


 ば、馬鹿な……!?

 あの椿さんの優先順位で俺が吉乃家と彰の上に行くだと……!?


 過去一くらいで驚いている俺の姿に、椿さんがムッと眉間に皺を寄せてジト目で睨んでくる。


「……何でそんなに驚いているんだ」

「いやだって俺が1番目? 流石にそんなの言われても信じれないですよ……」

「む……なら、忙しい私が何で休みの日は必ず彰の家に行っていると思っている?」

「え、彰に会いたいから———むぐっ!?」


 椿さんの質問に答える俺の言葉を遮るように、椿さんが更に眉間に皺を寄せながら口を押さえてきた。

 その表情に『あ、やべっ……何か怒らせたか……?』と戦々恐々としている俺だったのだが……椿さんは何も言わずに俺の口から手を退ける。

 そしてジト目で言ってきた。


「……え??」

「はぁ、全然分かって無かったんだな……」

「??」


 椿さんは少し恥ずかしそうに頬を朱色に染め……咳払いをしながら言った。


「私が休みの度に通っていたのは……確かに彰に会うのもあるが、1番は———お前に会うためだ、維斗。これがどう言うことか分かるか?」

「……っ、椿さん……」

「ふっ、本当にお前は私の想定を軽々と超えてくるな……。まぁそこが良いんだが」


 俺は何となく分かったが故に狼狽える。

 椿さんはそんな俺を見て、クツクツと笑いながら俺に言い放った。



 

 

「私は———お前が好きだ。私と結婚を前提に付き合ってくれないか?」





 結局告白は俺が振ったが……これが俺と椿さんの関係———『弟の姉と弟の親友』を変える言葉だったのは間違いない。


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