第45話 

 ———……懐かしいことを思い出したな。


 俺は椿さんに押し倒されたまま、そんなことを思う。


 特に始めた会った日のことなんかは数年も前の話だと言うのに鮮明に思い出せた。

 いやまぁあれを忘れる方が難しいかもしれないが。


「椿さん……」

「なぁ、私が吉乃家の当主を辞めたらお前は結婚してくれるのか? もう限界だ。さっきも言ったが……私だって人間だ。全然完璧じゃない。地位や名誉、金なんかよりお前と何気ないありふれた日常を一緒に過ごしていたいと願う、ただの人間だ。お前から見れば私は完璧かもしれんがな」

「……椿さん」


 俺は、椿さんに手首を掴まれたまま、少し力を込めて起き上がる。

 椿さんは抵抗しようと力を込めているようだが……流石に俺の力には敵わないようだった。

 結局は手首を掴んだまま、お互いに隣り合って座る体勢となった。


「椿さん、手首を離して下さい」

「くっ……」


 椿さんは瞳に困惑と悲しみを宿し、そっと俺の手首を離した。

 俺はそんな先程まで俺の手首を掴んでいた椿さんの手を握る。

 同時に椿さんがビクッと体を震わせて驚いたように俺を見て来た。


「……っ、維斗……」

「確かに俺は毎回椿さんに『完璧人間ですか貴女は』とか言っていますけど……別に本当に貴女が完璧だと思ってません。もし完璧ならば……今の俺の行動で動揺しているなんておかしいでしょう? 完璧なら未来のことすら見えてないといけないんですから。まぁあくまで俺の完璧の定義では、ですけど」

「…………」


 俺だってこれほどの力を手に入れたが、自分が完璧だとは思っていない。

 こうして椿さんを不安にさせることだってあるし、彰達のことだって、家族のことだって何1つ完璧にこなせていない。



 人間である身では———完璧など絶対に不可能なのだ。

 


「俺は椿さんが本気なことも分かっています。分かっているからこそ、絶対にOKなどと安易に返事はしません。俺では貴女に釣り合わない」

「そ、そんなことは……」

「別に地位とかお金のことを言っているわけじゃありませんよ、椿さん。……はっきりと言いますが———俺は貴女ほど貴女を愛せれていません。だから釣り合わないと言ったんです」

「———っ」


 椿さんの表情が固まる。

 眉尻を下げて、顔を少し俯かせる。

 普段の自信満々、余裕綽々と言った雰囲気は鳴りを潜め、そこには———ただ1人、普通の何処にでもいる恋をした女性が居た。


「……お前は私が嫌いなのか……?」

「だ、大分極端ですね……別にそうではないですよ……。嫌いだったら当日に日本の偉い人達ばっかりが来るパーティーに誘われても絶対行きませんから」


 俺がそういうと、椿さんはスッと目を逸らしてきた。

 どうやら多少は悪いと思っているようだ。


「……何もなかったらあの場でお前を婚約者と言って外堀を埋めようと———」

「貴女エグいこと考えてましたね!? そもそも椿さんは俺の家族に……」

「……会ったことある。プロポーズの前に許可を取りに行った」


 俺は衝撃的な言葉の連続による驚愕で開いた口が塞がらなくなる。

 ただ同時に俺の家族がパーティーに行くという時に全く気にしてなかった理由も分かった気がした。


 あの人達何してんだ……と家族に若干キレていると、椿さんが相変わらず目を逸らしたまま言った。


「……悪かったとは思っている。流石に本人の前で言うには、幾らか心の準備が出来ていなかったんだ……」

「……ふっ、別に良いですよ。ただ……また1つ椿さんの完璧じゃないところを見つけれましたね」


 俺的には、別に気にしてないことをアピールするために言ってみたのだが……何故か椿さんが俺をキッと睨んで俺の胸をポコッと力の篭っていない拳で殴ってくる。 

 

「……っ、お前は……私を振ったくせに……どうしてそうも……私にクリティカルヒットするような言葉を言うんだ……ッ!! 諦められなくなるじゃないか……ッ!」

「い、いや……」


 いやまぁ確かに俺の不注意だったか……これはやらかしたな……。


 俺は椿さんのジト目に晒され、目を世界水泳並みに高速で泳がせた後……素直に謝る。


「えっと……すいません」

「はぁ……別に良い。そんなお前に惚れた私の負けだ。そもそもお前は人を誑かすのに長けた奴だったな……」

「ええ……物凄く不名誉なんですけど……」

「ふんっ、そう言うが……お前の周りには良い奴しかいないようだぞ?」


 そんな馬鹿なこと…………彰、椿さん、草薙、アリサ、レイン……ふむ、確かに良い奴しか居ないな。

 

「た、確かにそうですけど……別に誑かしたわけじゃないですよ」


 俺が焦って弁明するように言うと、椿さんはクスッと笑う。


「ふふっ、そんなことは分かっている。だから———私は維斗が好きになったんだ。維斗の前だけでは、私が唯一完璧でなくても良いと思える。維斗だけは素の私を見せられる。維斗がいなければ……私は今も当主という重圧に苦しんでいただろう。だから———絶対にお前を諦めるつもりはないからな」

「椿さ———」




 ———ドゴォォォォォオオオオオ!!

 



 俺の言葉を遮る様に、建物が大きな音を伴って揺れる。

 俺は尋常じゃない揺れと音に嫌な予感がして椿さんを抱き抱えて窓から外に脱出する。


「椿さん、これは……」

「……さぁな。私は敵が多いからな」


 空中で半壊する家を見ながらそんな話をしている俺達だったが———次の瞬間には目を見開いた。



「———【プロメテウス】———」



 謎の声が聞こえると同時に、俺達が元々いた家に天より巨大な赤く燃える炎の塊が襲来し……家を炎が包み込んだ。

 そして……見覚えのある人が現れた。


「お前は……」

「さっき振りだな、吉乃椿。お前には……アメリカから出て行ってもらう」

「ふんっ、貴様の独断か。調子に乗るなよ政府の犬」


 先程、俺達を勧誘していた秋原とかいう男がそこにいた。

 

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