第41話 ヤバい奴と名家、吉乃家の鬼才①

 ———4年前、中学2年の夏。


「———なぁ、維斗……マジでちょっと助けて下さい」

「どうしたんだよ急に……」


 夏休みで彰の家にゲームをしに来ていた俺に、彰が突然土下座をして来て言った。

 突然土下座をされてドン引きする俺に、彰が身を震わせて頼み込む。


「た、頼む……今日は家に泊まってくれないか……?」

「は? 別に良いけど……何でだ?」

「来るんだ……」

「来る?」


 要領を得ない彰の言葉に俺はゲームの手を止めて首を傾げる。


 いや……ヤクザでも来んのか?

 流石に俺もヤクザと戦ったことはないぞ。


 そんな若干物騒なことを考えていた俺へと彰が半泣きで告げた。



「———姉貴が来るんだ……!!」

 

 

 …………はぁ?


「お前何で家族に会うだけで泣きそうになってんの?」

「いやそれが来るのが1番上の姉貴なんだよ! 何されるか分かったもんじゃねぇ!」


 1番上の姉貴……あぁ、彰が言ってた完璧超人のお姉さんね。


 彰とは中学1年の春に友達となった。

 それからつい最近になって、彰が日本……いや世界にも名を轟かせる名家———吉乃家の末っ子だと聞いた時は流石に俺も驚いた。

 その時に兄弟が怖いと言っていたのだが……。


「お前なぁ……中学生にもなって家族と会うくらいで泣くなよ……一緒に居てやるから」

「マジで!? よし……維斗が居れば多少姉貴も大人しくなるはず……!」


 そう喜ぶ彰を眺めながら、俺は改めて変な奴だな……と思った。









 ———彰の反応は変じゃなかった。


 俺は、夜に彰の家の前に黒塗りの車に乗ってやってきた大学生くらいの彰と同じ茶髪の女性を見ながらそれを痛感した。


「……お前の姉貴何者? めちゃくちゃオーラが出てるんだが? てか兄弟に会うだけなのに護衛付きすぎだろ」

「だから言ったろ! 姉貴には他の兄弟みたいに何かされたわけじゃないけど……マジで怖いんだよ!」


 俺達は玄関の前で女性が此方に歩いて来るのを見ながらコソコソと話し合う。

 そんな俺達へ……正確には彰に護衛の1人であろうスーツ姿の男性が何処か責める視線を向けて強い口調で言った。


「彰様、彼は何者ですか? 椿様がいらっしゃると分かっていたはずですが……」

「えっと……」


 俺は、身長が190程ある男性の威圧に気圧されてしまっている彰を見ながらため息を吐いて彰を護るように前に出る。


「……何のつもりだ?」

「ゆ、維斗……?」

「すいません。俺は赤崎維斗と言って……彰の同級生兼親友兼護衛やってます」

「護衛……? まだ中学生だろう? 彰様は腐っても吉乃家の御子息で荒らせられるお方だ。君のような子供に護衛が務まるわけ……」


 俺とスーツの男性が睨み合っていると、面白そうに薄く笑みを浮かべた彰の姉貴が言った。


「———なら透月、お前が試してみろ」

「「っ!?」」

「椿様……流石に知らない子供を傷付けるわけには……」


 難色を示す透月と呼ばれた護衛の男性だったが、彰の姉貴は関係ないとばかりに言葉を続ける。


「だが彰の護衛だと言い張るんだ。知らない子供でないだろう? もしお前に善戦すら出来ないようなら……おい、お前……維斗と言ったな?」

「……はい」

「お前は彰に金輪際関わるな」


 おぉ……結構言うな、この姉貴……。

 まぁでも彰のことを心配はしているようだし悪い人ではないってことか。


 そんなことを思う俺とは裏腹に、彰がそれだけは看破できないとばかりに声を上げる。


「姉貴!? ちょっとそれは———」

「分かりました」

「維斗!? ま、待て! 透月さんは姉貴の筆頭護衛だぞ!? 高校生のヤンキーなんかとは比べ物に……」

「まぁ、少しくらい信じろって。大丈夫。俺はそんなやわな鍛え方してないんだわ」


 何せダンジョンで天変地異みたいな奴らと戦ってるしな。

 なんなら相棒も大自然みたいな奴だし。


 俺はダンジョンに残している相棒の兎を思い出して苦笑する。

 そんな俺を見た透月は嘗められていると思ったのか、明らかに雰囲気が変わる。

 

「……あまり嘗めるなよ……ガキが」

「そっちこそあんま彰を侮辱すんなや」

「このガキィッ!!」


 コンパクトな姿勢から拳が振り抜かれる。

 ただしっかり骨が折れない所や急所とならない所を狙うあたり、手加減してくれているらしい。

 


 ———ま、手加減するのは俺も同じだが。



「遅いぞおっさん」



 俺は迫る拳を避け、足を引っ掛けてバランスを崩させると、倒れた透月の眼前に拳を寸止めする。


「どうよ。これで俺の勝ちでいいか?」

「……っ、今のは手加減をしてやっていたんだ。次は本気で行く」

「え? まぁ別に良いけど……」


 お、大人気ねぇ……!


 俺は繰り出された蹴りを避けながら内心ため息を吐く。

 

「あまり大人を嘗めるなよガキがッ!!」

「ガキに本気出すおっさんの方が明らかにダサいだろ……」


 まぁ護衛主の手前、無様な姿は見せられないってわけね。

 しゃーないし少し受けといてやるか。


 俺は腹目掛けて振り抜かれた拳をわざと受けて少し吹き飛ぶ。

 一応えずくくらいしておこう。


「ごほっ……」

「維斗!?」

「ほう……おい、透月。お前の負けだ。接待されるほどの力の差があるなら、戦う意味はない」


 驚く彰とは反対に、何故か彰の姉貴は感心したように頷いた後、透月にそう言った。

 それには透月も俺も彰も驚く。

 

 え……何で接待ってバレたの?

 結構完璧な演技出来てたはずなんだけど。


「ふっ……維斗と言ったな。これからも私の愛弟を頼むぞ」

「あ、はい」


 呆気に取られる俺に、笑みを浮かべた彰の姉貴が手を差し出して来たので反射的に手を握る。

 そんな俺の行動に更に笑みを深めた彰の姉貴は周りの護衛達を手だけで制し、口を開いた。



「私の名前は吉乃椿だ。お前とは……長く関わることになりそうだな」



 これが———俺と椿さんの最初の出会いである。



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