第21話 吉乃彰と草薙玲奈の戦い

「———吉乃君、私は中に入って来たモンスターを担当するから、貴方は屋上から校舎に侵入しそうなモンスターを殺して。勿論出来るわよね?」

「あ、はい! 勿論出来ます!」


 俺の返事を聞いた草薙さんは、グラウンドに侵入してきた1.5メートルくらいの猿を一瞬で斬り飛ばす。

 とても俺よりレベルが低いとは思えない動きだった。


「……ちぇっ、維斗にだけ従うってか。まぁアイツは頼りになるけどさぁ……」


 維斗はいつも俺を引っ張ってくれた。

 どんな時でも俺と笑い合ってくれた。

 日本で有数の名家一の落ちこぼれであるこんな俺と。


 吉乃家はとにかく実力主義な家だった。

 俺はその家の何人もいる兄弟姉妹の中でもぶっちぎりで何をしても最下位。

 勉強、スポーツ、芸術、武術、経営などなど……何を取っても最下位なのだ。



 結果———俺はあっさりと落ちこぼれの烙印を押された。


 

 親や兄弟姉妹に蔑まれるのは当たり前として、家では一部の使用人以外からも同じように蔑まれていた。

 俺が完全に見捨てられたと感じたのは、他の兄弟姉妹が通う私立高校ではなく離れた普通の県立学校に飛ばされることになったときだ。


 あの時程、絶望したことはない。



 しかしこの高校に入れたからこそ、俺はここで———維斗に出会った。



 維斗は俺とは正反対の人間。

 親に愛され、妹には『お兄ちゃん、一緒に遊ぼ!』と中1になっても言われる程に慕われている。

 成績もそこそこ良くて、運動なんかは維斗さえいれば勝てると誰もが言う程だった。


 つくづく俺とは正反対の存在だと思った。


 だが……いざ関わってみると、そんなことがどうでも良くなる程、維斗と一緒にいるのが楽しかった。


『維斗! 俺ん家でゲームしようぜ!』

『んぇ? まぁ良いけど……酔うなよ?』

『ふっ……俺には秘薬があるんだよ。酔い止め薬と言う秘薬がな!』

『市販の薬じゃねぇか。秘薬どころかCMにも流れてる超有名な薬じゃねぇか。一回秘薬の意味を検索してこい』


 こんな馬鹿話を維斗とするのが、何よりも楽しかったのだ。


「ふぅ……よし、やってやりますか」


 俺はいつものリボルバーではなく、今回のダンジョン報酬であるスナイパーライフルを構える。

 

 名前は『電磁加速式狙撃銃・雷光』。

 見た目こそ普通のスナイパーライフルと何ら変わらないが……銃身がリボルバーより長い分、速度も更に速い。


 下では、草薙さんが獅子奮迅の活躍でばっさばっさと敵を薙ぎ倒していた。

 しかし、数が多すぎてどうきても討ち漏らしが出ている。



「まぁ、行かせないけどな」



 俺はスコープで猿型のモンスターを狙いながら引き金を引く。


 ———ズドンッ!!


 音速を超えた弊害による衝撃波が発生するが、発射された銃弾は一瞬で寸分違わず標的の眉間を撃ち抜いた。

 更に速度が桁違いに速いからか、銃弾以上の風穴が開いている。


「ふっふっふっ……良いじゃん……! これなら無双出来るぜ!!」


 俺は再び銃を構え———。



「お前が来るまで持ち堪えてみせるからな」



 ———引き金を引いた。








  




「———まだよ……まだ足りない……」


 私、草薙玲奈は目の前の緑色の猿型のモンスターを両断しながら呟く。


 そう、まだ足りないのだ。

 彼は……赤崎君の攻撃は———もっと速くて、もっと力強かった。

 きっと彼なら一撃で押し寄せる数百匹のモンスターを駆逐していたはずだ。



 でも———私にはそれが出来ない。



 また届かないのか、と私は悔しさと焦燥に駆られる。


 私の両親は若い頃に離婚し、母が姉さんと私を育ててくれた。 


 幸せだった。

 3人でずっと暮らされたら良いのに、と何度も願った程に。


 でも———母は私が中学2年の時に死んでしまった。

 通り魔に胸を刺されて即死したらしい。


 この日から私は、最後に残った姉さんを守ると誓った。

 姉さんも私を守ると言ってくれた。


 しか姉さんは———母が生き返れるかもしれないと言う妄言に騙されてしまう。

 更にはその組織の命令で私を殺そうとまでしてきた。


 ただ……姉さんの手で死ねるなら、悪くはないと思った。

 そう、思っていたのに。



『お前、バカだろ』

『自分の命を粗末にすんじゃねぇって言ったんだよ』

『何も知らないね。ただ……アンタが死ぬのはお姉さんも望んでないんじゃないのか?』

『草薙、お前が組織のボスとやらに負けないくらい強くなればいい。俺がお前を強くしてやる。そして———自分でお姉さんの洗脳を解くんだ』



 彼が……赤崎君が、私に言ったのだ。


 呆れた様な瞳と表情で。

 訴え掛ける様な瞳と表情で。

 自信満々で勝ち気な瞳と表情で。



 ———生きることを諦めるなと言った。



 本当に都合の良い言葉ばかりだ。

 私の事情なんて1つも知らないくせに。

 普段の私なら絶対に耳も貸さないだろう。


 だが……私に提案をしたあの時、あの瞬間の彼の顔が忘れられない。

 あの時の彼の顔が———私の思考、視覚、聴覚の全てを奪った。


 

 あの———私を惑わせる悪魔の様で、私に救いの手を差し伸べる天使の様な笑みが。



 その顔を見た瞬間———気付けば、私は彼の提案に乗っていた。

 彼なら絶対に私を強くしてくれると、何故か思わされた。

 

 実際……彼の力は本物だ。


 物凄かった。

 私と吉乃君が必死に戦っても中々減らなかったモンスターが、一瞬で消し飛んでしまった。


 圧倒的で、自分などちっぽけな蟻斗同じなんだと思ってしまうほどの力。

 人類の終着点たる力。


 あれ程の力があれば、きっと姉さんを取り戻すことなど造作もないに違いない。


 でも、私はそれを認めないし、赤崎君もやろうとしないだろう。


 だから———私は戦う。

 目の前の敵をひたすらに倒す。

 そして———。


「私は……私が、絶対に強くなる。そして私の手で……姉さんを救い出すわ……!!」


 今一度、心に誓う。


 姉さんは必ず私が救い出す。

 そして救い出したその時———。



「貴方にはちゃんとお礼を言わなきゃいけないわね、維斗君」



 私は双剣を握る手に力を込める。

 どうやら剣に封印されていた力が1つ解放されたらしい。  


「———【鬼人化】———」


 全身に真紅のオーラが湧き上がる。

 そして額に1本の角が生えて来た。

 同時に私の身体の内側から力が溢れ出して来た。


 私は軽い力で目の前の狼型モンスターに剣を振り下ろす。

 すると……まるで豆腐の様にスパッと一刀両断にされた。


「ふふっ、これは良い力ね。本当に赤崎君様様ね」


 私は剣を構え、さらなるモンスターの群れへと飛び込んだ。


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