第7話 ヤバい奴、家族をダンジョンに送り込む(改)

「———これが本当に俺達の住んでいた所なのか……?」

「そんな……」


 父さんと母さんが、目の前の光景にただただ圧倒されてしまっいるようで、呆然と呟いている。


 倒壊したビルや家屋には火の手が上がり、空は鬱蒼とした黒煙によって太陽の光が遮られてどんよりと薄暗い。

 モンスターの襲撃によって無作為に壊されたアスファルトの道路や橋には、車のクラクションが鳴り響く。

 そして———逃げ惑う人々の姿にそれを追うモンスター達の姿。


 既に街は、とても街とは言い難い地獄と化していた。


「父さん、母さん、今は止まってる場合じゃない。早く家に戻ろう」

「あ、あぁ……そうだな。だが……この様子だと、俺達の家も倒壊しているんじゃないのか?」

「それについては大丈夫」

「何?」


 勿論豪語するには理由がある。


 ふっ……もしもの為に家全体をダンジョンに指定しておいて良かったぜ。

 ダンジョンは自動修復機能も付いてるらしいし……まぁきっと大丈夫だろ。


 そう、予め家を出る前にシステムに家全てをダンジョンとして設定して貰っていた。

 

 そもそもの話、俺やクロのシステムは世界のダンジョン化を進行したシステムとは根本的には同じだが、少し違う。

 この世界のシステムが製品版だとしたら、俺やクロのシステムはその製品版と同じ設計ではあるものの、独立したβ版という係に入るのだとか。

 よって、本来システムが出来ないことをこのβ版システムは出来るらしい。


 例えば、プレイヤーである俺の呼び掛けに応じて会話したり。

 本来公平でないといけないシステムが俺のためにダンジョンの設定やステータスの設定を変えたり。

 ダンジョンの所有権はあくまでシステムが所有するはずであるが、所有権を俺に移行させたり、などなど……。


 その全てが本来のシステムには手を出すことは出来ない領域らしい。

 しかし、俺のために造られたと言っても過言ではないβ版システムは、その特異性故にその全てを可能とした。


「よく分かんないけど……お兄ちゃんのせいでお家がダンジョンになったってこと?」

「うん、物凄く言い方悪いけどそんな感じだな」


 相変わらず反抗期で少し棘のある言葉を発する絵梨の質問に、俺は頭にクロを乗せて頷く。

 同時に頭が揺れたせいでただ座っていただけのクロが頭から落ちそうになって慌てて俺の髪を噛んできた。


「イタタタタタタ!? ちょっ、髪引っ張るのやめて相棒!」

「きゅっ」

「このヤロー……俺の頭がハゲたら相棒の毛でウィッグ作るからな」

「きゅっ!?」


 俺のとんでもなく恐ろしい宣言に、クロは

慌てて俺の頭から絵梨の胸元へと避難する。

 しかし年齢にしては発育の良い絵梨の胸元に当たった瞬間、胸部装甲の弾力で地面に打ち付けられるクロ。


「きゅぅぅぅ……」

「ご、ごめんねクーちゃんっ!」


 驚きに目をパチパチ瞬かせるクロに慌てて駆け寄った絵梨は、優しく持ち上げて胸元に抱いては頬を緩めながら頭を撫でていた。


「……クーちゃん?」

「うん。クロだからクーちゃん」 


 クロの全身のもふもふを堪能しながら答える絵梨。

 ……もう一応超危険区域に入っているんだけどすんごい和やかな雰囲気だな、おい。


 クロに視線を固定させた絵梨が俺の腕をガシッと掴み、これには、後ろを歩いていた父さん達も何とも言えない表情を浮かべていた。


「……なぁ、由美。ウチの子達、メンタル強過ぎないか?」

「そうねぇ……でも絵梨は完全にお兄ちゃんっ子だし、そのお兄ちゃんがいつも通りだから安心してるんじゃないかしら」


 確かにな、と父さんは頷き、2人してと絵梨と俺の姿を見て笑みを溢すのだった。










「———見た感じ変わらないわねぇ……」

「そうだな……周りの建物が全部倒壊していること以外は、な」


 念願の我が家に辿り着いたにも関わらず父さんと母さんがこれまた何とも言えない微妙な表情で呟く。

 しかしそれも仕方のないことだろう。


 一軒家が密集した住宅地であったははずの場所が、今や一軒を除いて全て倒壊して更地と化しているのだから。


 俺はひと足先に中に入る。

 直ぐに絵梨も入って来たが、中々入ってこない父さん達に痺れを切らして玄関の扉を開いた。


「2人とも、いつまでそんな危ない所にいるの! 早く入って! お兄ちゃんはもう入ったよ!」

「……パパにも優しくしてくれよ絵梨……」

「パパよりお兄ちゃんの方が1万倍カッコいいからヤダ」

「グハッ……!?」


 胸を押さえて涙を流す父さん。

 悲しいかな、反抗期の娘が父親に優しくする……のは大分ハードルが高いようである。

 ごめん父さん、俺の勝ちだ。

 

「ぐすっ……絵梨のお兄ちゃん大好き度が今日で振り切れた気がする……」

「まぁ……命を助けて貰ったしねぇ。元からお兄ちゃん大好きなんだから仕方ないわよ」


 そんなことを言いながら父さんと母さんが家に入る———と同時に口をポカンと半開きのまま目を丸くした。


「な、何だこれは……?」

「私達……夢を見ているのかしらねぇ?」


 一面に色とりどりの花が咲き、爽やかな黄緑の草原が広がっている。

 更に家の中のはずなのに天井はなく綺麗な快晴が空を支配していた。


 そんなあり得ない光景に唖然とした2人に、俺は広大な土地を背に大きく手を広げてニカッと笑った。

 

「どう、父さん、母さん? ここが俺とクロのダンジョンなんだぜ。まぁ正確には1000階層ある内の第1階層目なんだけどな」

「は、はぁ……?」

「これが維斗のダンジョン……?」

「そそ。第1階層は俺のダンジョンの中で特に安全な場所だから心配しなくていいよ。まぁそもそもダンジョンを攻略してシステムから俺に所有者が変わってるからこの階層では攻撃もされないし」

「「は、はぁ……」」


 あまりに現実離れした現象に頭の追い付いていないらしい父さんと母さん。

 因みに絵梨は案外直ぐに順応した。

 現に今も少し離れた小高い丘に駆け上ってクロと戯れている。


「クーちゃん、これあげる」

「きゅぅ?」

「これはね、『花冠』って言うの。絶対似合うよ!」

「きゅっ?」

「キャー、可愛いーー!!」


 絵梨は、キラキラと瞳を輝かせながらクロの頭に白を基調とした花冠を載せる。

 ただ少し大きかったらしく、ズレてクロの顔を半分隠してしまうが……逆にその姿の方がより可愛く見えて、絵梨は終始興奮していた。


「……順応してるな、絵梨」

「ウチの子ってやっぱりメンタル強いのかもしれないわねぇ……」


 何て遠い目をして言い合う2人に、俺は笑顔で告げる。



「父さんも母さんも何他人事みたいに言ってんだよ? 父さん達にも絵梨と一緒にモンスター倒して強くなって貰うからな? 取り敢えず……まぁレベル100くらいは欲しいな」



 2人は、頬を引き攣らせて乾いた笑みを浮かべていた。


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