第2話
意気揚々とダンジョンを飛び出したクロスだが、目指すはメイラシア大陸西部・ナテリア王国東辺境伯領領境城塞都市サエゼリアだ。
ここを選んだ理由はいくつかあるが、元社畜の感覚と猫の習性からか、魔法を極めたクロスに距離など関係ないと言うのに自宅であるダンジョンに近いところが選ばれたわけだ。他には、この国は人間主体であるが人種差別が比較的少ないというのも異世界初心者であるクロスが観光気分で訪れる最初の地域として丁度いいとの判断だ。
さて、クロスは自重せずドラゴンに乗って空からサエゼリアに舞い降りたわけだが、当然見張りの兵士によって発見される。
「何かが接近してくる!」
「アレは!? 大ガラスでもワイバーンでもない! ドラゴンだ!」
シルエットからすぐにドラゴンだと判断され、モンスターから都市を守る城壁上は大騒ぎだ。敵襲を示す鐘が打ち鳴らされる。
「迎撃準備! 大きいぞ! ん? ……大きい、か?」
背景が比較対象がない大空だということと、ドラゴンは大きいものだという先入観が相まって兵士たちは飛来して来たドラゴンが巨大に見えていたようだが、表情までハッキリと見える距離まで接近してくると『実は小さいんじゃないか? 本当にドラゴンなのか?』という疑念が沸き起こる。警報の鐘の音もリズムが狂い、ついには止まってしまう始末だ。
とうとうドラゴンが、律儀に城壁を飛び越えず東門の外側に降り立った時、兵士たちの疑念は確信に変わった。
「「「「(小さいな……)」」」」
特に、警報と同じく門の封鎖を中途半端なままで手を止めてしまった門兵たちは、目の前に降り立ったドラゴン(?)を目の当たりにして危機感を薄れさせてしまった。
何故ならそのドラゴンは直立状態で2メートルもない、下手をすると兵士たちよりも小さかったからだ。このドラゴン、クロスが出会ったときは普通(?)に20メートルオーバーだったが、眷属化・従魔化の際ダンジョンコアを通じてクロスから色々な能力をもらい、サイズフリーとなっている。現在はクロスの乗り物として大型犬サイズになっているのだ。
「出迎えご苦労ニャ。通っても構わんかニャ?」
「しゃべった!? まさか、伝説のエンシェント・ドラゴンか!?」
兵士たちが呆然としていると、突如謎の声が聞こえてきた。兵士たちはその声がドラゴンからだと判断する。どうやらこの世界では年を経たドラゴンは人語を解するらしい。
だが、実情は違う。
「違うニャ! 我輩ニャ!」
否定する声が上がり、兵士たちがドラゴンをよく見ると、黒っぽいドラゴンの頭の上に茶色の小さいナニカがうごめいているのにやっと気付いた。
なおよく見ると、それは子猫の姿をしている。
「……猫?」
「猫じゃないニャ! 我輩は転生者であるニャ。名前はクロス・ライトニャ」
「……猫だろ?」
「……否定はしないニャ……でも、転生者なのはホントニャ! 中身は人間ニャ! さっさと道を空けるニャ!」
「ガウ……」
ちょっと興奮したクロスは可愛い肉球と尻尾でタシタシと地面ならぬドラゴンの頭の上で地団太を踏んでいる。黒いドラゴンことゴロベーは迷惑そうだ。
「いやあ~、そう言われても……なあ?」
小さなドラゴンに更に小さなしゃべる子猫。
モンスターの襲撃とは異なるようだが、だからといって、おいそれと正体不明の生物を都市の中に入れるわけにはいかないのだ。
「一応聞くが、この街へ何の用だ?」
「いい質問ニャ。我輩は冒険者になりに来たニャ」
「冒険者?」
子猫がしゃべるという点には目を瞑って職務を遂行する門兵だったが、クロスの返事は、意味はわかるが理解不能という結果になった。
「何ニャ、その目は!? 我輩は転生者ニャ! 猫ニャけど猫ニャないニャ!」
兵士たちの生暖かい眼差しにクロスは怒りを顕にしたが、子猫が『フシャーッ』と可愛く威嚇しているようなものなので、男たちは更に目尻を下げるのだった。
「何をしている! 誤報ならその報告をせんか!」
「た、隊長! 騎士団長殿まで……」
クロスが門の中に入れないでいると、兵士が増えた。装備が違うのは騎士のようである。
「ほ、報告します! ドラゴンが飛来するも、予想より遥かに小さく、危険度も高くないと判断します。また、連れている子猫が人間の言葉を話します。以上です」
「違うニャ! 我輩がコレを連れてるんニャ!」
「ガウ……」
門兵が簡潔に報告するが、その表現方法をクロスは気に入らなかったようだ。頭をテシテシされているゴロベーは迷惑そう。
「……確かに話しているように見えるな。他に何を言っていた?」
「そ、それは……子猫は転生者だと、冒険者になるためこの街に来たのだと……」
「キサマ、ふざけているのか!?」
「まあ待て、衛兵隊長」
門兵の正直な報告を聞いて怒り出す隊長。そしてそれを止める騎士団長とやら。
「今思いついたんだが、近くにテイマーが隠れて話しているのではないか? 魔法か何かで。小さいとはいえドラゴンだ。近寄って確認するのも危険だからな。悪質なイタズラだな」
「な、なるほど」
「なるほどじゃないニャ! 外にヒトなんていないニャ! いい加減中に入れるニャ!」
「ここを通りたければ姿を見せることだな。今なら罪には問わん」
「頭が固すぎるニャ! もういいニャ。ステータスを調べればわかるニャ。石版を用意するニャ」
「……よかろう。ただし、そのドラゴンは離れていてもらうぞ」
「誰も隠れてないと言うのにニャ……」
子猫ことクロスはドラゴンの頭の上から浮びあがり、フヨフヨと兵士たちのほうへ近づく。
「猫が、飛んだ!?」
「いや、姿を消した人間が運んでるだけだろう。子猫の近くを確認しろ」
騎士団長はあくまで透明人間が腹話術的なことをやっている説を押すらしい。
だが、兵士たちが猫の上下左右前後に手を伸ばしても隠れている人間はおろか、種も仕掛けも見つからない。
「バカな。一体どんな方法で……」
「ただの飛行魔法ニャ。さっさと石版を出すニャ」
「くっ、仕方ない。衛兵隊長、用意してくれ」
「いいんですか!?」
「騎士が言葉を違えるわけにはいかん。それに、石版を触る瞬間馬脚を現すはずだ」
「我輩は馬じゃニャくて猫ニャ。じゃニャかった、転生者ニャ。石版に触ればハッキリするニャ。よく見るニャ」
クロスは宙に浮んだまま、衛兵隊長が持ってきた『ステータスの石版』に可愛いお手手を触れさせた。
空中に光の文字が浮かび上がる。
クロス(猫)の周りは兵士によって隙間なく囲まれているので、騎士団長の予想している、姿を消しているテイマーがいても石版には近づけないはずだ。だが、石版は機能している。
「……猫でも使えるのか……これは、バカな!?」
「種族が転生者!? 職業がダンジョンマスターに、中級神フェリアスの使徒!? 神の使徒だって!?」
猫がステータス石版を使ったなどということは聞いたこともない上に、さらにその内容で二度ビックリする騎士団長たちであった。
驚きはまだまだ続く。
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