《祝・猫の日》 転生者は見た目が大事!? IF番外ー猫は究極生物だった!?

樹洞歌

第1話



「我輩は転生者であるニャ。名前はクロス・ライトニャ」


「……猫だろ?」


「……否定はしないニャ……」


 辺境城砦都市サエゼリア・東門にてそのような遣り取りがなされていた。


 とあるポンコツ駄女神が転生予定者の人数を間違え、数合わせにと廃棄処分待ちの素体に元日本人社畜の黒須頼人の魂を融合させ、更に死人に口無しとばかりに未発見ダンジョンの最下層に転生させたことが事件の発端である。

 転生者クロス・ライトがダンジョンに送り込まれた直後、いきなりドラゴンと直面し、宛も道路に飛び出した猫のように硬直してしまい、そこへドラゴンブレスの開幕ブッパがあったが、何故か無傷で、更に何故かドラゴンが降参して来た。

 その後、クロスが少しばかり落ち着きを取り戻した時、新たな問題が発覚した。


「ニャンニャー!!(なんじゃこりゃあ!!)」


 全身は確認できなかったが、両手両足はは小さく細く、薄茶色の毛で覆われ、可愛らしい肉球が付いているではないか。これは、忙しい人でなくとも借り手が数多の『猫の手』だ。

 下に目を向ければ軟らかそうな腹毛。そして人間には決して生えていないであろう尻尾がピコピコしていた。

 どうやらクロスは猫に転生させられたらしい。


「ウニャア! (待てー!)」


 由々しき事態だというのに、思わず自分の尻尾を追いかけてしまうクロス。

 その場でグルグル回ったり、捕まえた尻尾をガジガジしたりしている。


「ニャッ! (ハッ、こんなことしている場合じゃない!)」


 突然我に返るところも猫らしい。


 その後、降参して来たドラゴンがクロスを追い出すように身振り手振りでダンジョンコアまで案内し、何やかやでクロスはダンジョンマスターになったのだった。

 そのおかげで『神』とコンタクトすることができたのは文字通り福音だった。

 クロスにコンタクトして来たのは、ポンコツ駄女神の上司だと言う中間管理職もとい中級神のフェリアスと名乗った。

 フェリアスによると、クロスが転生した肉体となったモノは、はるか過去にとある神が『世界創生』のため人間●●の祖を創る際、何故か『猫』を創ったのだという。それも『世界』のリソースをこれでもかと注ぎ込んで。

 当然プロジェクトは失敗。

 普通なら失敗作である『猫』は分解処理され新たな世界のリソースとして再利用されるところなのだが、上級神の一人が『こんな可愛いネコちゃんを手にかけるなんてできない!』と反対運動を起こした。猫派だったらしい。

 ここまであからさまに反対されると、猫派でない神々も『猫派の恨みを買うよりは』と手を引いた。しかし、だからと言って猫派の神々がペットにできるものではない。公金で創ったようなモノだからだ。議論は進まず、結局封印して流れに任せることとなったらしい。

 その封印を転生担当の下級神がミスの隠蔽のために解いたのがクロスの不幸だったわけだ。


 この説明を聞いていたクロスは、宇宙猫の表情となっていた。


「……我輩も勝手に生きてやるニャ」


 過去は過去として、前向きに生きようとするクロスであった。

 ちなみに、ダンジョンコアが声帯を調整してくれたのでこちらの世界の言葉が話せるようになった。ただし、一人称と語尾はとある神のこだわりで固定されていて改変不可能だったのには諦めの境地だった。


『それは困ります!』


 クロスの独立宣言に待ったがかかる。

 フェリアスによると、『世界創生』のリソースのほとんどが詰め込まれたクロスの肉体は、言ってみれば『ビッグバンの卵』の状態らしい。もしクロスが暴走したりすると本格的にビッグバンが発生し、フェリアスの管轄である星系のみならず、所属している『世界』の銀河群すべてが新たな宇宙に書き換えられてしまう恐れがあるとのことだ。


 こんな小さな身体にそんな恐ろしいエネルギーが詰まっているワケがないと否定したいのは山々だが、実際に猫の姿に転生し、続けざまにドラゴンやダンジョンコアを目の当たりにしてしまっては一概に否定できないのも仕方がない。

 ならば『神』には責任を持って対処しろと要求した。

 だが、フェリアスは歯切れが悪かった。


「我輩にどうしろと言うのニャ?」


『できれば、しばらくダンジョンに篭っていてほしいのですが……』


「しばらくって、どれぐらいニャ?」


『……100年か、1万年、ぐらいでしょうか……』


「ふざけるニャ! 単位がおかしいニャ!」


『ああっ! 興奮しないでください! エネルギーが溢れてます!』


 クロスの興奮を宥めつつ、フェリアスは詳しく説明する。

 曰く、回収の意思はある。しかし上層部が混乱中だそうだ。お互いに『だからあの時処分していればよかったんだ!』『そういう貴様も反対しなかったではないか!』と責任の擦り付け合いをしているらしく、結論が出ない。フェリアスの経験則からして最短でも100年単位が『神』の時間感覚らしい。今回クロスが転生してすぐにコンタクトしてきたのは異例中の異例のようだ。


「我輩にどうしろと言うんニャ? 閉じ篭るのは嫌ニャ」


 宇宙猫かはたまたチベットスナギツネかという表情のクロスは神の意向だからといって容赦はしない。

 仕方なくフェリアスは折衷案を提示した。

 曰く、ダンジョンに篭るにしろダンジョンから出て行くにしろ、早めに自身の体内エネルギーのコントロールを覚えてほしい。それで少なくとも暴走の危険はなくなるという。


 ゴネても仕方ないと理解したクロスは、いずれ普通の人間に転生処理してもらえるとの言質を取った上でフェリアスの提案を了承するのだった。


 それから10年、人間の魂を猫の身体に完璧にシンクロさせるという難題を何とかクリアして、フェリアスから外出許可が出た。


「ようやくニャ!」


 クロスは10歳になったが、外見は転生したときと変わっていない。子猫から成猫になりかけた、一瞬の輝きを保ったままである。とある神のこだわりだ。

 ちなみにクロスに性別はない。消化器官も謎だ。口腔摂取も可能だが体表から対象を分解・吸収できる。クロス曰く『猫の形をしたスライム。猫は液体というからあながちまちがいではないかも』だそうだ。おかげでノミが付くこともなく、抜け毛の心配もない。猫アレルギーの人にとっては喉から手が出る設定だろう。


『はぁ……ダンジョンを出られるのは止められませんでしたが、くれぐれも世界を滅亡させたりしないでくださいね?』


「そんなに心配なら、さっさと迎えに来るニャ」


『う、善処します……』


 ほぼ毎日のように繰返された遣り取り。

 たった10年では神の世界に動きはないようだ。


『ところで、本当に人間●●として街に入るおつもりですか?』


「当たり前ニャ。身体は猫でも中身はおっさんニャ。ステータスも書き換えたし、転生者押しで冒険者になるニャ!」


『はぁ……まあ、がんばってください。こちらは世界が滅亡さえしなければかまいませんので……』


「出発ニャ! ゴロベー、お前も来るニャ」


「ガウー?」


『あぁ……本当にその子も連れて行くのですか……いえ、クロスさんに比べれば子猫も同然ですから構いませんが……』


 フェリアスが気にしているのは、クロスの同行者であるゴロベー。実はクロスがこのダンジョンで最初に出会ったドラゴンである。今はクロスの従魔、ペット感覚だ。

 自身を『転生者』と言い張る子猫にドラゴン。この組み合わせが人間社会で受け入れられるか、神であるフェリアスにも見当もつかない。自信満々のクロスがおかしいのだ。


「我輩の冒険はこれからニャ!」



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