第五十一話 断罪

「動かないで!!」


 どこかで聞いた、鋭く高い女の声。

 アラタは言われたとおりに足を止め、彼女の次の言葉を待った。

 失血からか、指先が次第に冷えて痺れる。

 急所から外れたとはいえ、太い血管がすぐ近くを通る場所だ。流れる血の量も、当然多い。

 リタに見栄を張り、大丈夫だと言って送り出したのはやはり間違いだったかも知れない。

 見込み以上に流れていく血を肌で感じながら、アラタは荒く肩で息をし、銃創を服と包帯代わりのネクタイの上からぎゅっと押さえた。


「……ようやく会えたわね。お久しぶり、アラタ。前会った時より痩せたんじゃない? 私が誰だか、覚えてる?」


 背後の女にそう問われ、アラタはゆっくりと振り返る。

 視界が霞み、揺らぐ。立っているのさえ少し辛い状況で、アラタは眉間にシワを寄せて目を凝らし、彼女の姿をようやく捉えた。

 くすんだ長い金髪に、暗いサングラスで目元を覆った若い女。

 胸の前で拳銃を構える白い手が、小刻みに震えている。


 ジェシー・ブラウン。


 その名前が頭の中に浮かぶまで、予想以上に時間が掛かった。

 かつてバッファロー・レイクの教会で出会った、社交的で優しい女性。

 唯一の肉親であった祖父を殺され、自らも留学先で命を落としそうになった悲運の女性。

 彼女をそうした一因を、アラタはその背に負っている。

 彼女の祖父、マイケル・ブラウンを殺したのは、アラタ自身だ。


「……神様ってのは、たまにはこういう粋なことも……してくれるんだな……」


 自然と、頬がほころんだ。

 これまでの日々の精算が、それに最もふさわしい人物の手によって成されることに、アラタはホッとしたような心地になった。

 因果は、きちんと自分のところにも回ってくる。

 ようやっと自由国家への道を歩み始めたこの国の行く末を見守れないことはほんの少し残念だが、もはや憂いは無い。

 リタは、まだまだ未熟なところもあるが、それでも立派に成長した。

 エレノアもいる。それに、風紀委員の仲間達もいる。自分がいなくとも、充分やっていけるだろう。

 そんなリタになら、この国の今後を、安心して任せられる。

 怪訝そうな顔でそれを見るジェシーに、アラタは自分のサングラスを外すと、切れ切れの息の中でさらに言葉を続けた。


「仇を、討ちに……?」

「ええ。お爺さまの、ジェームズ君の、そして、貴方に殺された全ての人々の無念、晴らさせて貰うわ」


 少し上擦り、震えるような声で言うジェシーの表情は、言葉の強さとは裏腹にこわばり緊張している。

 初めて実銃を持って射撃訓練施設の標的の前に立つ学園の生徒達も、良くこんな表情を浮かべていた。

 アラタは傷口を抑えていた手を離すと、両腕を広げて微笑んだ。


「落ち着いて、深呼吸するんだ……冷静に。震えが……止まってきたら、俺の体の……中心を狙え。そうすりゃ、弾はあたる。

 安全装置を外せ。引き金を引け。自分を信じろ。仇を、討て」


 突如語り出したアラタに、初めは困惑していたジェシーだったが、次第にその言葉に耳を傾け始めた。

 ゆっくりと大きく深呼吸をするうちに、彼女の拳銃を握る手の震えが収まって行く。

 ブレていた照準が定まり、安全装置が外れ、その細く白い指が引き金に掛かるのを見届けて、アラタは静かに目蓋を閉じた。


(先輩。俺は、あなたを――)


 銃声が鼓膜をつんざく。

 弾丸が、アラタの胴を貫いた。

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