第四十三話 学園の守護者
人気のない暗い建物の中を、アラタは地下へ地下へ進んでいく。
勘というより、確信に近いものがあった。
この建物の最下層の、かつての戦争で防空壕として使われた空間。フェイの最期の地。
ドナルド理事長は、きっとそこにいる。
一歩踏み出すたびに足音が反響する中を、アラタは静かに進み、やがて最下層までたどり着いた。
重々しい錆びた鉄板の扉と分厚いコンクリート壁で隔てられた向こう側。そこが最後の戦いの舞台になるだろう。
アラタは拳銃の残弾を確認すると、バックから取り出した爆薬を扉につけ、距離をとって点火した。
凄まじい轟音と爆煙が広がる。
その中を、アラタは牽制射撃をしながら突っ切り空間へと躍り出た。
煙幕の向こうから、相手もこちらへ発砲する。
頬を弾丸が掠め、にわかに鮮血がにじみ出る。
アラタは銃声と、微かな足音が聞こえる方へひたすらに銃を撃ち続け、やがて煙が薄くなってくるのと同時に再び入口まで引き返し物陰に身を隠した。
わずか数分の死闘。
仕留められたかどうかは、怪しいところだった。
「教授……いや、理事長! そこに居るんでしょう?」
薄くなった粉塵の向こう。そこにいるはずの男に、アラタは物陰からそう声を投げる。
だが、返ってきた声音は、予想外の人物のものだった。
「残念やったな、アラタ。ここにおるんは俺や」
トーマス。『学園』の風紀委員長であり、アラタの友だった男。
あの病室で問答したときの、迷いにも似た苦悩や、理事長の館での気まずそうな雰囲気は、今の声からは欠片も感じられなかった。
全てを吹っ切ったような、明朗な声。それと共に、煙を破って手榴弾が飛んできた。
「……くそッ」
アラタは投げ込まれ、地面を転がる手榴弾とすれ違うように部屋に駆け込むと、正面に立つトーマスに無数の弾丸を浴びせた。
背中の方で、爆音が風と共に吹き上がる。破片が耳を掠めていくが、それを気にする暇は無い。
「理事長はどこだ、トーマス!」
「教える訳ないことぐらいわかっとるやろ!」
迫りくるアラタの弾幕を、ヒョウのような身のこなしで右へかわし、トーマスも返事ついでに銃を撃つ。
アラタは進行方向そのままに前転して回避すると、空になったマガジンを拳銃ごとトーマスの眉間目掛けて投げつけた。
「ぐッ……」
とっさに空いた左手でそれを払いのけるトーマス。
その動きが一瞬止まったのを、アラタは見逃しはしなかった。
「トーマス!!」
ベルトに提げた鞘からナイフを抜き放ち、アラタは一直線に突進する。
虚を突かれたトーマスが、バランスを崩しながらアラタの右へ行き違う様に転がり込む。
切っ先が空を突く。アラタは素早く逆手に持ち替えると、よろめくトーマスに追い打ちをかけた。
ざくり、と、
(どうだ……?)
肉を貫く感覚に遅れることコンマ一秒、そのナイフの行方を目にしたアラタは、思わず歯を食いしばった。
「まだ……終わらん……『学園』は、俺らの家は、終わらせへんぞ……くそったれがァ!!」
ナイフの一撃を、首を守るように交差した両腕で受け止めたトーマスは、仰向けになってアラタを血走る目で睨みつける。
勢いのままに馬乗りになったアラタはナイフを両手で握ると、そこへ思い切り力を込めた。
ナイフの切っ先は両腕を貫通し、血を滴らせながらトーマスの喉元を捉えている。
両者の力はほぼ拮抗。殺意に満ちた視線が行き交う中、アラタはそれでも口を開いた。
「吐けよ、トーマス。もうアルトベルゼに『学園』はいらないし、理事長の居場所もどこにもない! 諦めて、投降しろ……!」
アラタの叫びに、トーマスは苦しげな笑みを浮かべて
「命が惜しくて、こんな事する訳ないやろ! 諦めるのはお前の方じゃ、アラタ!
あと三十分で、理事長はアルトベルゼに凱旋する。そうすれば『学園』は、すぐにでもアルトベルゼに復権する」
「『セラフィムの意志』に寄生されたままの『学園』に、なんの意味がある!」
「『学園』があることに意味があるんじゃ! 『学園』は、俺達みたいな行き場の無いガキどもの受け皿。生まれ故郷も同然や……どんな形であれ、復活させる!
その為にも、お前を先には行かせへん。絶対になァ!!」
瞬間、トーマスは残る力全てを振り絞って上体を持ち上げ、アラタの額に渾身の頭突きを食らわせた。
頭蓋を伝って脳が激しく振動し、激痛と共に目が眩む。
体勢を崩してナイフから手を離し、アラタは後退りしながら額を押さえる。
立ち上がったトーマスも、もはや満身創痍といった様子。
その背後には、基地の最奥部にあるヘリポートへ通じる非常用の地下道へ続く扉があった。
あのときも、キルグーシ軍の高官が流れる時間稼ぎに、フェイはこうして扉の前に仁王立ちしてアラタの行く手を塞いだ。
そして今、トーマスは彼女と同じように扉の前に立ち塞がる。
この向こうにいる理事長を、『学園』の未来を守るために。
互いに武器は、身一つ。
二人は同時に床を蹴ると、全身全霊を掛けた拳を繰り出した。
避ける為の力さえ拳に乗せた、魂の一撃。
弾けるような音を立て、それは互いの頬へめり込んだ。
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