第四十二話 決戦場

 夜も更けに更けきった頃。真っ黒なスニーキングスーツを身に着けたゴムボートに乗ったアラタは、音も無く五大湖北岸――敵地へと接岸した。

 見晴らしの良い夏の夜を、密航者や行き来する船舶を見張る巡視艇やサーチライトを掻い潜っての航行だったが、不思議とブリザードが煙幕になっていた前回よりもスムーズにたどり着けた。


「こちら『ケストレル』、目標に到達。オーバー」


 南岸で待機しているリタに無線機で短く報告すると、アラタは手早くボートを死角に隠し、地雷と鉄条網が張り巡らされた懐かしの場所へ、歩みを進めた。


 総勢一個師団……五千人程度が常駐するこの基地は、前回アラタ自身が爆発事故に見せ掛けて大規模に破壊したお陰で随分様子が変わっている。

 それでも軍事衛星からの空撮や工作員からの情報で大体の構造はわかっているので、ドナルド理事長の匿われているとされる場所まで道に迷うことは無かった。

 ただ、やはり夜間警備はかなり厳重になされている。

 至るところに設置された赤外線カメラやサーチライト付きの監視塔、空を飛び回るドローンに、常にツーマンセルで巡回する警備兵達。

 フェイをみすみす殺されてしまったあのときの様な失態は犯せぬという、上層部の意図が見て取れるようで、アラタは思わず苦笑した。


(まさか、過去の自分に足を引っ張られることになるなんてな)


 強固な警備網は、ブランクのあるアラタには少し堪えた。

 監獄では特例として身体を動かす権利を与えられていたので、暇つぶしがてらトレーニングはやっていたが、それだけではとても追いつかない。


 それでもなんとか林立する基地構造物の細い路地や建物の影を縫うように歩き、這い、ときにはよじ登り、アラタはようやく目的地にたどり着いた。

 一見何の変哲もない、基地に駐屯する兵士達の鉄筋コンクリート造の集合営舎。

 無骨でシンプルな直方体のその姿が、アラタにはとてつもなく懐かしく思われた。


 場所、見た目、時間……共に、全てあのときの、フェイを殺したあの日とほぼ同じ。

 唯一違うのは、季節ぐらいなものだろうか。

 周囲に人の気配は無い。明らかに不自然なほど。


(誘ってやがるな)


 暗殺者を引き込んで、油断したところを返り討ちにする。長年諜報畑にいたドナルド理事長の、やりそうなことだった。

 だが、アラタに選択肢は存在しない。

 この為に、わざわざこの世に蘇らされたのだ。

 それに、


(ここで退いたら、先輩に顔向けできないしな)


 辺りを警戒し、アラタは二度深呼吸すると、音を立てぬよう静かに建物の中に入った。

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