第三十話 作戦計画

 セントラルシティに戻ったアラタは、その足で郊外にある『キャンパス』に向かった。以前『セラフィムの意志』の襲撃に遭遇した場所だ。

 今ではすっかり建物の修繕が終わり、あのときの抗争の痕跡はどこにも無い。

 日はもう既に暮れ落ち、辺りは、暗く冷え込んでいる。

 アラタは玄関の自動ドアの前まで来たところで、不意に足を止めた。


(ここに入れば、本当に後戻りは出来ないな)


 そう心の中で呟くも、すぐにもう決めたことだと思い直し、アラタは苦笑し『キャンパス』へ入った。


『キャンパス』の中は、もう遅い時間だというのにある程度多くの人がいる。その理由は、すぐに分かった。


「来たかね、生徒会長」


 スティーブ・ヴァルトシュタイン。軍在籍時は中将を勤めていたその地味な男が、今の『学園』の理事長だ。

 エントランスのソファーに腰掛けていたヴァルトシュタインは、アラタの姿を見るなり立ち上がり、革靴をかつかつ鳴らして歩いてきた。

 小柄で、なんとも威厳のなさそうな男だ。

 服装はずいぶん立派だが、その卑屈そうな猫背姿勢やはげ散らかした頭髪、しわが多くハリのない顔……。

 とてもまだ五十代半ばとは思えぬその容貌に、アラタはしばし面食らった。


「はじめまして、ヴァルトシュタイン理事長。アラタ・L・シラミネです」

「うん、前理事長から話は聞いているよ。早速地下まで来てくれ。話を詰めよう」


 ヴァルトシュタインに促されエレベーターに乗ると、アラタは最下層の一室――ジェームズ達と一戦交えたあの部屋に向かった。



 *



 コンクリートがむき出しになった殺風景なその部屋は、かろうじて爆発によって穿たれた大穴は塞がれていたものの、未だあの時の痕跡が生々しく残されていた。

 どうやら立入禁止になっていたらしいその部屋に入り扉を閉めるなり、ヴァルトシュタインは口を開いた。


「『総統』アレックス・アダムス閣下、『警備局』リチャード・マクドネル・ロック局長、『中央』エドワード・ウィルソン部長、そして……『立法院』エイブラハム・スタンフィールド総裁。

 以上四名が、今回の任務のターゲットだ。決行は明後日の夜。閣下は退院後その足でセントラルシティ大聖堂にてミサに向かわれる。私も含めた四人も参加することになっている」

「一網打尽にする、と?」

「そうだ。当日取り仕切る坊さん連中は皆こちら側の人間だし、他に参加者は居ない。

 後は気弱な参謀総長を丸め込んでデモ隊鎮圧の名目で軍を挙げれば、名実ともに私が総統だ!」


 そう言いながら、ヴァルトシュタインは下品な笑みを浮かべた。

 大方ドナルド理事長に、総統にしてやるから手伝えとでも言われたのだろう。何にせよ、あまり大物には見えない。


(各地で起きてる暴動はその為だったか……)


 アラタの心中を知る由もなく、ヴァルトシュタインは上機嫌で語り続ける。


「本当なら『学園』の生徒の一人が警察に撃たれて死に、セントラルでも暴徒化する手はずだったんだが……どうも予定が変わったらしくてな。

 ま、そんな些末なことはどうでもいい。これまでで何か質問はあるか?」


 そう聞かれ、アラタは細かな人員配置や聖堂の図面、時間やスケジュールなどを確認し、話を終えた。

 話していてわかったのは、やはりこの男は上に立つべき人間ではないということだ。

 正確には、二番手や三番手などの裏方で活躍できるような、そんな人物だとわかった。

 事務処理や細部までの計画、タイムスケジュール等……そういう見えない場所での才覚が光る、そんな計画だった。

 欠点は、それに似合わぬ名誉欲を持ち合わせてしまったこと。そして、『セラフィムの意志』に与したこと。

 彼も、最早敵だ。


 話を終え、帰路につこうと背を向けたアラタを、ふとヴァルトシュタインが呼び止める。


「アラタ・L・シラミネ。一つ聞きたい。デモ隊の件、あれはお前が進言したことか?」

「……俺は、友達を死なせないで欲しい、と言ったまでです」


 それきり振り返ることなく、アラタは『キャンパス』をあとにした。

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