28話:手紙

 奈々は服を着たまま自宅のベッドに横になる。

 捨て色の白いクロスがまだ新しい天井を見詰め、そこに人生を想い映し描いた。


 やがて太陽は真上を目指して音もなく昇ってきたが、奈々は捨てられたマネキンのように、同じ体勢のまま、どこか壊れているような感じで、悲喜交々ひきこもごも思いを巡らし、時はさらに過ぎた。


 太陽が真上に差し掛かった。


 奈々は目を真っ赤に充血させながら、ベッドからゆっくり起き上がり、手紙を書いた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



松原真治 様


 奈々こと谷口奈菜子は、人から愛される資格はありません。

 真治さんには、サラリーマンでお金がそれ程無いという理由だけで、冷たくしていました。

 私の入院中は八つ当たりで暴言の数々を浴びせかけたにもかかわらず、過分なお見舞いの品や、身に余る励ましのお言葉を頂戴しました。

 人はお金だけでは生きていけないということを教えて頂き、私も始めて愛について考えるようになりました。


 真治さんが事故を起こした日、実は私、真治さんを疑い、今までの復讐をされているのではないかと考えました。

 私が入院中に真治さんから教えて頂いた愛は、真治さんを疑ったことで、愛でもなんでもなかったのです。

 真治さんは『自分は一生、車椅子生活になる。そんな自分と私が将来結婚すると、私は人並みの生活すら望めず不幸になる』と心の中で考えていますね。一度だけ行きましたお見舞いの時に、決してそのようなことは言わずに、『一人で静かに暮らしたい』と別れを切り出したのは、真治さんの本当の愛であるということが、私の心に痛く伝わっており、胸に刻んでいます。

 しかし私は、『同情されながら一緒に過ごすのは辛い』と真治さんのお話にあった言葉を重く受け止めました。

 私にはそんなつもりは微塵もありませんが、私の真治さんに対する愛情の不足から、私は同情しているだけの女だとお考えになったと察しました。そんないたらぬ私がそばにいると、真治さんにとっては苦痛でしかないと考え、お見舞いには行きませんでした。

 今後も連絡を頂くまではお見舞いに行くつもりはありません。

《お見舞いに行かない》

それが現時点で考えられる、真治さんの幸せだと思ったからです。


 話は変わります。

 ご存知だとは思いますが、私には美鈴という可愛い後輩がいるのです。

 美鈴は私が運転する乗用車に乗って一緒にケガをしましたが、私を責めることもなく、毎日看病をしてくれました。しかし私には顔に大きな火傷があり、美鈴に何度となく八つ当たりをしていました。

 美鈴は直ぐに退院したのですが、黒服などと相談しながら、私の指名客に広がる悪い噂話をかき消してくれた上に、私がお客と接していた以上に、お客との信頼関係を築いてくれました。

 店に復帰した時の指名の入り方や花の数、お客との会話を通して分かります。美鈴自身がナンバーワンになれたにもかかわらず、私とお客との橋渡し役をしっかりやってくれたのです。

 土建屋さんの元彼に対しても美鈴は親身に相談に乗り、私と土建屋さんの板挟みに合い辛い思いをさせました。また、公務員の元彼には私の代わりに本気で怒ってくれました。

 そして昨日は真治さんのお見舞いに行かないことを注意されました。

 しかしそんな美鈴は、真治さんに会ったその日に優しさを見抜き、誰よりも真治さんのことが大好きなのです。


 それでも美鈴が言いました。


 『私に幸せになって欲しい』と。


 私は絶大に二人から愛されていたのです。

 私が愛だと思っていた状態というのは、すごく小さなものでしかありません。


 夕べ眠らずに、真治さんと美鈴がそれぞれ幸せになるにはどうしたらよいかを考えました。


 そして結論が出ました。

 

 二人が結ばれればそれだけでいい、ということです。


 はなはだ大変身勝手なお願いですが、私は夜の世界から今日限りで消えますので、それに免じて結婚して欲しいのです。

 結婚すると必ず幸せになります。

 その幸せを日本のどこかから未来永劫祈っているのが、奈々こと奈菜子の、二人に頂いた愛にも負けない、二人に贈る愛なのです。


 私は日本一の幸せ者でした。

 いままでありがとうございます。

 さようなら 谷口奈菜子


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 松原真治の入院する病院に郵送した。

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