22話:奈々快気祝い
「でもあの顔を見たら、ビビりますよ、ホラー映画のゾンビそのもの、まともに直視なんか出来ないんですよ、黒服と何回も話したけど、今は精神異常を起こさないように対応しよう、と気を使ったんですよ」
美鈴が笑いながら奈々を茶化すよう大きな声で話した。重たい空気を笑い声で包んだ。
「その割には、あまりお見舞いに来なかったような……」
奈々は笑いながら嫌味を言った。
「なに言ってるんですか、店大変だったんですから!」
勢いよく美鈴は今までの店の経過を、興奮しながら説明しだした。
奈々は冗談にならなかった事を後悔する。
火山の噴火のように熱く語る話に奈々は一言ひとこと頷いた。
奈々目当てのお客さんの様子や、里美を始めとする店の女の子の身の振り方や、オーナーや店長の考え方を、選挙演説のようにしつこく話した。
興奮が一段落したと思うと、若林健二の話を始めた。
「会社倒産して、夜逃げなんですよ」
美鈴は奈々の顔色を伺うように話した。美鈴は若林健二に騙されているのではないかと奈々は思った。
「今日、民報新聞社にコラムの打ち合わせで行ってきたんだ。その時聞いたんだけど、数十億円の負債があるそうだよ。かなりの会社が連鎖倒産になる見込みで、地元経済は混乱するんじゃないかって噂だよ。もうすぐ2回目の不渡りを出して倒産する予定らしい」
夏樹海人が口を挟んだ。
若林建設はすでに1回目の不渡りを出して、すでに会社には誰もいないと付け加えた。あれ程羽振りのいい若林健二が、莫大な借金を抱えて夜逃げをするなど、奈々には考えられなかった。
見栄や意地だけであれだけのお金を使えるはずがないからだ。
綺麗な顔に物を言わせて生きてきた奈々の心境と、金に物を言わせて生きてきた若林健二の心境を天秤にかけて、どちらが辛いかを考える。
黙り込んで物思いに耽っている奈々の様子を美鈴は確認した。
しかしこの際、麻生公彦のメールの話もして、今日は人生について考えようと美鈴は思い、携帯電話をバックから取り出した。
「このメール、公彦さんに奈々さんのことを聞いたら、こんな返事が返ってきたの」
携帯電話の画面に、以前送られてきた受信メールを表示した。
奈々に渡すと、そっと手を出し力なく受け取った。
数分間画面を見詰めた。
「似たようなことを言われたわ」
大きく溜息をつく。
夏樹海人は、見ていい? と断りながら携帯電話を受け取った。
眉をひそめて読んだ。
「男を手玉に取っていたつもりで、実は手玉に取られていたって事だね、でもこの人、すごい割り切り方だよね。それで美鈴ちゃんは何て返信したの?」
「理屈こねてんじぁねえぞ! エロじじい! みたいなこと……」
美鈴はドラマのワンシーンを演技しているかのように、眉間にシワを寄せて怒鳴った。その迫力に奈々が爆笑をした。時間差でマスター、夏樹海人、美鈴も続いた。
「ブスになって初めて人間が分かったでしょう? それで今、恋人募集中なの?」
笑いが一段落すると、夏樹海人は煙草に火を点けながら奈々に訊ねた。
美鈴が先に口を開いた。
「あたしの真ちゃん取ったの」
夏樹海人に訴えるように話すと、3人は同時に奈々の顔を見た。奈々は照れくさそうに水割りを一口飲んだ。
「たしかこの場所で、マスターも含めてこの4人で恋愛について話したと思うけど、あの時の私は少し自惚れていたの。出会う男のほとんど全員が私のことを口説くから、顔やスタイルは勿論、性格や話術、服のセンスや生活スタイルのすべてが完璧な女だと思っていたの。でも私は何様でもない、ただ人より顔が少し良かっただけなんだと気付いたの。不幸になると他人の内面が見えるって本当だよね、ケンちゃんのことはよく分かんないけど、キミちゃんの手のひらの返し方は一流だよ……」
そこまで話すと、渇いた喉に水割りを流し込んだ。
美鈴は両肘をカウンターにつき、グラスを両手で祈りのポーズのように持ち、中に入っている氷をじっと見詰めていた。
夏樹海人は椅子の低い背もたれに、のけ反るように座り腕を組み、マスターはグラスをさらしで拭いていた。
「真ちゃんは違ったの。美鈴の言っていた意味がやっと分かった。一番辛く苦しい時に優しくしてくれる人、いや、声をかけてくれるだけでいいの、こんなに勇気や希望が湧いてくるとは思わなかったんだ。昔は貯金通帳の数字を見て、将来を夢見るのが楽しくてしょうがなかった。でもそれは健康で元気な人だけに希望を与えるものなの。人生を生きて行くつもりのない人には、数字が並んでいるだけで何の刺激にもならないし、何も教えてくれないの。人間はやっぱり人間と、心と心が接する相手がいないと生きてはいけないと思うの。ただ、お金は一切要らないとは言えないけど、私にも貯金はあるし、贅沢をしなければ食べて行くだけの生活も出来そうだし、結婚してもいいかな、と思っているの」
美鈴は少し浮かない顔をしながら、手に持っていたグラスを口に運んだ。
同じグラスを何度も拭いていたマスターは、それが一番だよね、と1人で一件落着し、バスケットの籠にスナック菓子を詰めて、カウンターの上に出した。
「無償の愛を貰ったのに、どこか奈々ちゃんはまだ、お金のことを考えている気がするな、もし今の顔でも大好きというお金持ちが現れたら、そっちの人と付き合うんじゃないの?」
夏樹海人は冗談を言うように話し、のけ反っていた姿勢を元に戻した。
「本気で真ちゃんのこと好きだから、それはありえないと思う。美鈴にも悪いし……」
奈々は呟いて、浮かない顔の美鈴を眺めた。
「少しショックだけど全然構わないですよ、元々奈々さんのお客で、あたしの入る隙間なんてないし、それに相手が奈々さんなら勝てる訳ないですもん。それにあたしはまだ若いし、未来有望?」
美鈴は空元気に振る舞い、明るく笑い飛ばした。
マスターはまた長年の経験から、店の空気を切り替える時は今だ、と考えたのか、歌本を取り出した。
メドレー一気ゲームを提案する。
奈々はカラオケ画面が変わる一画面ずつの交代で歌うことを提案した。
闘争心を剥き出しにしている夏樹海人は、唄えなかった時の罰は、おちょこにワイルドターキーのロックを並々注いで一気飲みだと提案した。
美鈴は歌うメドレーの曲は私が全部選ぶと、歌本を奪うように手に取った。
奈々から時計回りで唄うことになり、マスターは店のネオンを消した。
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