20話:メルマガ奈々通信

《昨日言った通り、メールです。題して【奈々通信1日目】昨日とほとんど変わらないけど、ヒステリックは起こさなかった。といっても無言状態が長く続いて、耐えられないから30分くらいで帰ってきた。こんな報告でいいですか? 松原真治》


 出勤途中に見た美鈴は《ゎざゎざァリガトゥ。OKデス。またョロシクネ❤ 美鈴》と急いで簡素に返信した。


《【奈々通信2日目】またほとんど無言状態だったけど、地下街で売ってるパンを買っていったら、奈々ちゃんもそこの常連らしく、パン屋の部分だけ普通に会話っぽくなった。ちなみに新製品を買っていった》


《【奈々通信3日目】本屋に行って今日発売のファッション雑誌を買っていったら、ジロッと睨まれて『嫌味?』と言われた。怖かったので直ぐに帰った。反省……》


《【奈々通信4日目】今日おそるおそる病室をのぞいた瞬間、すぐ目が合った。一瞬だったけど感極まった瞳に見えた。でも会話は『私、もう寝るから……』の一言だった》


《【奈々通信5日目】昨日と一昨日、すぐ帰ったのを反省して、自分用の雑誌を買ってお見舞いに行った。『毎日来て暇なの?』と初っ端に言われたので、持論の愛について語った。でも逆側を向いて寝ていて返事は無い。帰れとも言われなかったので、無言状態で一時間分以上読書した》


《【奈々通信6日目】日中、店のオーナーが大量のお菓子やジュースを買ってきたということで『とても食べきれないから、真治さんが処分して』と進めてきた。そんな事は問題じゃない、俺のことを『真治さん』と始めて呼んだ。お付き合いもしないで、いきなり結婚した気分だ。美鈴のことも聞かれたので、褒めておいた》


《【奈々通信7日目】『もう1週間になるね』と奈々ちゃんが話を切り出してきた。感動。会話のやり取りもスムーズに30分くらいは続いた。でも、お見舞いに女の子が2人来た(名前は知らないけど多分ホステスっぽい。でも結構年齢もいっている様に見えたので、元ホステス?)ので遠慮して帰った》


《【奈々通信8日目】奈々ちゃんは最近ご機嫌です。話を聞くと医者の予想以上に肌が回復しているとのことだった。また愛の持論を語ったら、笑って聞いてくれた》


《【奈々通信9日目】今日残業で午後11時頃病院に行ったら、守衛のオヤジに『明日来て下さい』と冷たく言われた。昨日奈々ちゃんに『愛は奉仕の継続』みたいなことを言った手前、今、言い訳を考えている》


《【奈々通信10日目】ビビリながら病院に行ったら、『昨日、真治さんのこと心配しちゃった』と言われた。災い転じて福となす?? みたいな。仕事のことも色々聞かれた。何が楽しいのか、うん、うん、と、奈々ちゃんは親身に聞いていた》


《【奈々通信11日目】今日突然機嫌が悪かった。『今は誰とも話したくないの』と言った。粘りの俺は、前に買った雑誌を読むこと一時間、ゆっくりと奈々ちゃんは、『専門の病院に通わなければ完治しないってどういうこと?』と涙を浮かべながら聞いてきた。よく分からないけど、悪く受け取っているみたいだったから、『火傷患者はみんなそうしているよ』と言ったら、嘘を見抜かれた。最後は笑ってくれたから◎》


《【奈々通信12日目】もうすぐ退院らしいよ。美鈴ちゃんのこと、すごく気にしてる。今日は昨日とはうって変わり、いろんな話をした。結構何でも話してくれた》


《【奈々通信13日目】今日、帰りに手紙をもらった。読むと涙が出るくらい感動して、心臓が止まるかと思った。ヤバすぎる。マジでヤバイ。超幸せ❤》


 朝から雨が降っている冴えない正午に美鈴は目を覚まし、風呂に入った。昨日は胃痛が激しく、店を休んで充分な睡眠を取ったせいか、美鈴の身体は健康体に戻っていた。

 浴槽に浸かりながら、最後に見舞いに行ったのは2週間前だと思い、今日こそは行こうと考えた。



 毎日、松原真治からメールをもらっていたので大体の様子は分かっているから、大勢の奈々指名客の話題を話したかった。ほとんどが好意的なので、勇気や希望が湧いて、一気に元気になってくれればと思った。


 風呂から上がり、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出して飲むと、携帯電話の電源を入れ、センター問い合わせをした。メールは12件入っていたので順番に見ていくと、昨日の晩にいつものように松原真治からメールが着ていた。



《【奈々通信14日目】明日の午前中に奈々ちゃんが退院するよ、何でも今度は専門の皮膚科に通院するみたい。ちなみに奈々ちゃんとはちょっといい関係っぽいさ。奈々通信も本日を持って終了します。ご購読ありがとうございました(笑)》


 松原真治の嬉しそうな顔を想像しながら、時計を見ると午後1時を回っていた。

 もう退院したと思い美鈴は奈々の携帯に電話をかけると、‐現在使われていません‐ とガイダンスが流れた。そう、携帯電話が壊れたので黒服が委任状を持って、早い時期に解約に行ったのだ。

 今日退院したという事は、2~3日中に新しい携帯電話を新規契約して、その時に連絡が来るだろうと考えた。

 一通りメールに目を通すと、黒服の出勤確認メール以外は、奈々指名客からの他愛のない挨拶メールだった。

 同伴メールがないことにガッカリしながらも、全員にメールを返信する。


 それから数日経ったが、奈々から何の連絡もなかった美鈴は、安否について不安に思った。そこで、ちょっといい関係っぽい、と言っていた松原真治にメールを入れてみた。


《ぉはょぅ☆ 美鈴ぃまぉきたさ。ところで奈々さんとは連絡とってるの? 美鈴❤》


 送信すると、直ぐに返信が来た。


《伝えるの忘れたけど、奈々ちゃんと付き合った❤。超ラブ×2。そういえば美鈴に謝りたいって言ってたよ。でも美鈴は相当怒っているはずだから言いづらいって。奈々ちゃんの番号書いておくから連絡してみたら? 松原真治》


 美鈴は2人が付き合ったことに面食らいながらも、メールの文末に書いてあった電話番号を登録して、早速かけてみた。


 4コール目に、はい、と相手を警戒しているような低い声が聞こえてきた。美鈴ですよ、と言うと、急にボリュームを上げた旧式のステレオのように、大きく割れた声になった。


 事項の挨拶のやり取りから始まり、続いて美鈴に対する奈々の謝罪の言葉が何重にも重ねられた。かえって美鈴が恐縮してしまうほどだ。そして近況報告の話に移り、やがて本題に入った。


‐真ちゃんと毎日のように会って話をしているうちに、私気付いたの、人の言葉は素直に聞くべきだと……‐


‐そうでしょう、美鈴はそのことが今まで言いたかったんですよ‐


‐騙されることを警戒して、人の言葉を素直に受け取らなくなり過ぎると、相手も警戒して私の言葉を深読みするようになるの。そこから誤解が生じて、その誤解を聞いた私はもっと大きな誤解を与えるの。その悪循環から誰もがお金しか信用できなくなってくるの‐


‐何かややこやしいけど、雰囲気はそんな感じっぽいですよね‐


‐たとえ正直者が馬鹿にされる環境にいても、相手の言葉は素直に受け取るの。そうすれば少なくても自分自身の心だけはより一層綺麗になって、人と接する喜びを感じながら爽やかに生きて行くことができるの。人の言葉を素直に受け取れない人は、外見、見た目を病的なまでに気にするようになるの。やがてお金の呪縛から逃れられなくなって、もしお金を失ったら、ということばかりが気になるの。やがて貧乏になることに対する異常なまでの恐怖心が生まれてきて、心が休まる暇がなくなるの。そして人に騙されるよりは騙した方がまだ幸せだという考えになってきて、最終的には凶暴な人になったり、冷血な人になって行くの‐


‐奈々さん、そんなに興奮して宗教でも始めたんですか? なんか難しすぎてよく分かんないですよ‐


‐ごめん、久しぶりに美鈴と話したからついつい興奮しちゃった。言いたかったのは、勇気を出して心を入れ替えた、ということなの‐


‐心を入れ替えたのは、いいことですよ‐



 電話はまだまだ続いた。

 こんなに長い時間電話で話したのは久しぶりだと感じるくらい世間話に花が咲いた。奈々の息が電話口から美鈴の耳に吹きかけられる錯覚すら覚えた。


 美鈴は出勤時間が迫ってきたので、今度直接会って話そうという事になった。

 


 来週の火曜日に以前2人で行ったメンズバーで会う約束をする。

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