第40話 洞窟(2)
砂浜までやって来るとオリヴィアさんがさっそくやる気を見せた。
「それではわたくしが火を焚きましょう。アキトさん、ライターをお貸しください」
ドリル令嬢がうっとりとした表情で手を出してくる。本当に焚き火が好きなんだね。
最近はもう手慣れたもので、枝の組み方なんかも堂に入っている。よく乾いた「マイ焚きつけ」をいつも身に着けているくらいの念の入れようだ。
オリヴィアさんがライターを擦ると、すぐに赤々とした火が揺らめきだした。
「アキト、早くソーセージを焼くニャ!」
「イタタ、わかったから腕に爪を立てるなよ、タマさん」
枝をナイフで削って串を作り、それにソーセージを刺して焼いた。
「タマは三種類ぜんぶ食べるニャ!」
「ブチはあらびきとガーリックだニャ!」
「オリヴィアさんは?」
「わたくしはバジルをお願いします」
やがてソーセージの脂がとけだし周囲にいい匂いが広がった。
「た、たまらん匂いだニャ。タマだけにたまらん」
「くだらないダジャレはいいからお皿を用意してよ」
「任せるニャ」
みんなでワイワイ準備をしていると、遠くの方からこちらを見ている生物に気がついた。
あれはアシカンのトビーじゃないか。俺はトビーに向けて大きく手を振った。
「おーい、トビー!」
それに対してトビーは小さく前脚を振って挨拶を返すのみだ。アシカンには照れ屋が多いそうだ、きっとトビーも遠慮しているのだろう。よし。
「先に食べていて。俺はトビーを誘ってくるから」
「食べることならタマに任せるニャ。お替りとトビーの分のソーセージも焼いとくニャンよ」
「頼むね」
猫舌と食欲の対立に顔を歪めるタマさんにソーセージを任せて、俺はトビーを呼びに行った。
「おはよう、トビー」
「おはよう……」
「何しているの?」
「日向ぼっこ……」
相変わらずトビーは言葉数が少ない。だけど、こちらを拒否している感じでもないな。少しだけ戸惑っている感じはあるけど。
「よかったら一緒に朝ご飯を食べないか?」
「うっ……、だけど、俺……」
ひょっとして焚き火が怖いのかな? 前にブチさんが教えてくれたよな。
「火に近づかなければ平気だよ。美味しいソーセージがあるんだ。ほら、ここまでいい匂いが漂っているだろう。それともソーセージは嫌い?」
「た、食べたことがないからわからない」
「じゃあ食べてみようぜ」
「う、うん。でも、俺は半人前のアシカンだし……」
そういってトビーはもじもじしだした。ホタテ貝の貝殻をかぶっているのを気にしているようだ。人間の俺にはわからないけど、アシカンにとっては大切なことなのだろう。
「半人前って帽子のこと?」
「うん。みんな海の中を泳ぎ回って帽子を見つけてくるんだ。俺も頑張っているけど見つけられなくて……」
「アシカンにはどんな帽子が人気なの?」
「ちょっと前までは船長帽子が人気だった。こういうやつ……」
トビーは砂の上に帽子の絵を描いてくれた。画伯とからかわれた俺なんかよりずっと上手だ。
「へぇ、絵が上手なんだね」
「そ、そんなこと……」
ビチッ! ビチッ!
褒められて嬉しいのか尻尾で砂浜を叩いているぞ。なんだかかわいいな。
「で、今はどんなのが流行っているの?」
「今は麦わら帽子。軽くて涼しいの……」
「ふーん」
たしかカタログで見た気がするな。防水素材を使った高級品だと3ポイントはするんだけど、麦わら帽子なら1ポイントで交換できたはずだ。
「ちょっと待ってな」
うん、やっぱりあった。ステータスボードは他人から見えないのでトビーは不思議そうに俺を見つめている。いや、不審者を見る目だ。
それもそうか、空中をフリックしたりクリックしたりしていたら、ヤバい奴と思われても仕方がない。
でも、これは通報案件じゃないぞ。さあ、これを見て驚いてくれ。
「ほい、麦わら帽子だよ。トビーにプレゼントするね」
「うえっ!?」
突如空中に現れた帽子にトビーは目を白黒させている。
「こ、これは」
「麦わら帽子ってこれだろう?」
大きなつばと赤いリボンが付いた、一般的な帽子だと思う。
「そ、そうだけど……」
「サイズはどうかな? トビーの頭に合わせてSサイズにしてみたんだ。被ってみてよ」
「い、いいの?」
「もちろんだよ。そのためにアイテム交換したんだから」
トビーはおずおずと麦わら帽子を受け取り、神妙な面持ちで被った。
「お、よく似合ってるよ。オリヴィアさんが鏡を持っているから後で借りて見てみるといい」
「似合ってる? そ、そう……」
ビタンッ! ビタンッ! ビタンッ!
尾びれで強く地面を打つから砂が舞い上がっているぞ。でも、喜んでくれているみたいでよかったな。
「おーい、アキト、トビー。次のソーセージが焼けたニャ。早くしないとタマが全部食べてしまうニャンよ!」
火のところでタマさんたちが呼んでいる。
「いこうよ、トビー」
「うん!」
俺たちは砂浜で楽しい朝食を取ることができた。
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