第39話 洞窟(1)
オリヴィア 7
アキトさんがニホンに帰ると聞いて、世界が闇に沈んだかのような錯覚を覚えました。それは大量のゾンビに囲まれるよりも辛いことでした。
島を離れれば二度と会えないかもしれない。それでもこの空の下のどこかにいてくれさえすれば、いつかはまた会えるかもしれないという希望が持てるのです。
たったそれだけで、私は今後の人生を歩んでいける気がするのです。でも、そのわずかな望みさえ消えてしまうのでしょうか……。
アキトさんにはこの島に残っていてほしい。この島でこれまでどおりゆったりと笑っていてほしいというのは私の我がままです。とても口には出せません。
これまでも波乱の人生を送ってきましたが、私はまた大波に立ち向かわなければならないようです。
ニッサル王子に嫁ごうというのに、こうも心惹かれる人に出会ってしまうとは……。
わたくしはいっそ貝になりとうございます。そして、海の底に沈んでマーベル島の夢をみながら静かに生を終えたいのです。
♦
「おはようございます! 今日もいい天気ですよ。お顔を洗ってきてはいかがですか?」
目覚めるとやけに元気なオリヴィアさんがいた。昨日のことが嘘のように溌剌としている。いや、きっと元気なふりをしているだけなんだろうな……。
そうやって昨日のことをなかったことにしているのかもしれない。思うところはいろいろあるけど俺もその態度に倣うことにした。
「うん、そうするよ。身支度が終わったら朝食にしようね」
ポイントは6あるから豪華な朝ごはんにしようか。俺がオリヴィアさんにしてあげられることなんてたいしてないけど、せめてこの島にいる間は楽しく、不自由なく過ごせるようにしてあげたい。
明日にはレベルアップするのだから今朝は食料ガチャ・ゴールドをひいてみよう。と、その前に、ここらでまた自分のレベルとスキルをおさらいしておくか。
固有ジョブ キャンパー(レベル4)
保有ポイント 6
個人スキル 天賦の才:毎日5ポイントをプレゼント
キャンプの申し子:二日間キャンプをすればレベルが上がる。
キャンプアイテムの交換
習得済みスキル
「基礎体力向上」
「ベースキャンプの祝福」
「マジックシールド小」「マジックシールド大」
「キャンプ飯」
「下処理のプロ」「可食判定」
「キャンプ道具の応用」
「バトルアックスの基礎」「パワーショット」「アックスファイター」
「免疫力向上」
「応急手当の知識」「自己治癒力アップ」「回復魔法 基礎」
「移動魔法・初歩」
「移動魔法・初級」
だいぶスキルが増えてきた。こうして見ると「基礎体力向上」のツリーをまったく上げていなかったなことに気がつく。
「基礎体力向上」からは「持久力アップ」→「パワーアップ」→「瞬発力アップ」→「レンジャークラス」と、本来なら最初に身につけなくてはならない身体能力の向上が得られるのだ。
洞窟で魔光石探しをするのにだって、これらのスキルは間違いなく必要になる。よし、明日は体力系を中心にスキルを獲得していこう。
「どうされたのですか? 難しい顔をして」
ステータスボードを睨んでいたらオリヴィアさんに心配されてしまった。
「ちょっとスキルについて考えていただけだよ。それよりご飯にしようよ。今日は豪勢な食材が出現する食料ガチャ・ゴールドを引くからね」
「まあ、それは楽しみですわ」
ステータスボードを操作すると、いつものように食料の入った箱が現れた。だが、いつもならクリーム色だけど、今日出てきた箱は金色をしている。
「なんだか、すごいのが出てきたぞ」
「これは純金でしょうか?」
「まさか、たんなるメッキだよ」
いずれにせよ中の食材を取ると箱は消えてしまうので関係ない。大事なのは中身だ。
「さて、なにが出るかな……」
箱を開けると、中から出てきたのは一本のボトルだった。
「これはっ!」
なにやらオリヴィアさんが驚いている。
「知っているの?」
「ええ、一度だけベルスクア大公のサロンで見たことがございますの。これはとても希少なデザートワイン、ベーレン・アウテックでございますわ。なんでも一年に千本しか生産されないという話を聞きました」
希少な酒が出てきたか。
「それは嬉しいけど、朝ごはんにはならないなぁ……」
困っているとオリヴィアさんに笑われた。
「どうしたの?」
「だって、ベーレン・アウテックを手に入れてがっかりなさっているのですもの。そんな人は滅多にいませんわ」
「まあそんなものだよ。俺の故郷ではこれを猫に小判っていうんだ」
「あら、ミニャンたちが聞いたら怒りそうですわね」
「だろうね。タマは金貨の価値くらいわかるニャン、って叱られそうだ」
俺のモノ真似は思ったより似ていて、二人してしばらく笑った。
「さて、もう一回食料ガチャ・ゴールドを引いてみるか」
「よろしいのですか?」
「うん、今朝はリッチな朝食を食べたい気分なんだ」
俺は黄金の箱をもう一つ呼び寄せた。
「今度はオリヴィアさんが開けてみてよ」
「わたくしが? わたくしは不幸を呼ぶ女かもしれませんよ……」
「そんなことはないさ。俺が今日まで生き延びられたのはオリヴィアさんに出会えたからだよ。そうじゃなかったら、森の中でデビルラットに殺されていたはずさ」
スキルを発動させる前に、ステータスボードの存在すら知らずに死んでいたと思う。
「……わかりました。それではわたくしが開けてみましょう」
オリビアさんは緊張した面持ちでふたを開けた。
「お、でっかいソーセージだ。説明書きがあるぞ」
商品の上に透かし印刷の施された豪華なカードが乗っている。
王室御用達ハインベッグソーセージ三種
あらびき、ガーリック、バジルのソーセージ。
口に入れた瞬間に広がる芳醇な香りと、ジューシーな肉の旨味をお楽しみくださ
い。各十本入り。
高そうなお中元みたいだな。炭火で焼いたらきっと美味しいだろう。
「こんなにたくさんあるからタマさんとブチさんにも分けてあげよう」
「それがよろしゅうございますわ。さっそく参りましょう」
腰を浮かしかけたらブチさんの声が聞こえてきた。
「その必要はないニャ」
お次はブチさんの声だ。
「こちらから来たニャ。美味そうなソーセージだニャ。ブチにも食べさせようとは殊勝な心掛けニャ」
大きなカゴをぶら下げたブチさんたちが立っていた。ミニャン族は歩くときにまったく足音を立てないから気が付かなかったよ。
「おはよう。こんなに朝早くからやって来るなんて、何か用?」
タマさんは機嫌がよさそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。
「たまには海岸で朝ご飯を食べようということになって、せっかくだから二人も誘うことにしたニャ」
ブチさんが見せてくれたカゴの中には美味しそうなものが詰まっている。大きなパン、まだホカホカと湯気を立てているオムレツ、色の濃いオレンジ、ミルクの入った瓶、コーヒーのポットなどだ。
「今日は穏やかないい海風が吹いているニャ。海岸でこれを食べればきっとうまいニャ」
「いいね。たき火でソーセージも焼こう」
「そうこなくっちゃニャ! さっそく出発だニャ、ソーセージがタマを待ってるニャ!」
タマさんに急かされながら俺たちは砂浜へ移動した。
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