第38話 ノッティンガム墓地の悲劇(4)
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月明かりに照らされたオリヴィアさんの顔は青白かった。
「こうしてわたくしは七人の部下を失いました。すべてわたくしが招いた結果でございます」
「それは……それはそうかもしれないけど、だけど、どうなるかは誰にもわからなかったと思う。もし、あと五分早かったら、子どもたちはまだゾンビ化していなかったかもしれない。そうしたら、子どもを連れて脱出したり、防備を固めたりもできたかもしれないじゃないか」
オリヴィアさんは力なく首を振った。
「結果として誰も助けられなかったのです。私の部下は私のせいで無駄死にしました」
これ以上オリヴィアさんにかける言葉が見つからなかった。
「大量のゾンビは街から派遣された中央軍が鎮圧したので他への被害は免れました。私は査問に掛けられましたが、当時の判断は間違ってはいなかったということになり、罰はありませんでした」
たぶん、それもオリヴィアさんを苦しめている一因になっているのだろう。
「私は責任を取る形で騎士団を辞めました。戦場であのような醜態を晒して、そのまま隊長として居残ることなどできなかったのです。そしてお父さまに勧められるままに、ニッサル王子との結婚を承諾したのです」
「え、じゃあ自暴自棄になって結婚を?」
「そうではございません。……ハッフルパイモン家は少し困ったことになっておりました。私が嫁ぐことでいろいろと丸く収まると考えたのです」
「もしかして結納金目当て?」
不躾かと思ったけど聞かずにはいられなかった。
「恥ずかしながらそういうことです。お父さまは事業に失敗されてハッフルパイモン家の台所事情は火の車ですの」
なんだか怒りが湧いてくる。
「だからと言って、オリヴィアさんが人身御供になるのはおかしくない?」
「人身御供だなんて人聞きの悪い。わたくしはわたくしの意思で嫁ぐのです」
「でも、それで幸せになれるの?」
「そんなことはわかりません! ニッサル殿下はいい人かもしれないじゃないですか!」
「悪い人かもしれない!」
「どうしてそんな意地悪なことばかりおっしゃるんですか!?」
いつの間にか俺たちの会話は言い争いのようになっていた。
少し落ち着こう。俺は大きく深呼吸して声のトーンを落とした。
「ごめん、君は友だちだから不幸になってほしくないだけなんだ。今のままじゃ借金の肩代わりで結婚するようなものだろう?」
オリヴィアさんも俺の真似をして大きく深呼吸する。
「ふぅ……。アキトさん、貴族の婚姻などそんなものです。だからあまり深刻に考えないでくださいまし」
諦観がドリルの先まで染み渡っている。
こんなのはとても見ていられない。
「でも……」
「どう言われようとも、ここまで育ててくれた両親を裏切るわけにはまいりません。それに、一度交わした約束を
そこまで言われてしまうと、この島に残って一緒に暮らそうとは言い出せなかった。
もうわかっていることだが、俺はオリヴィアさんが好きだ。だが、俺たちが結ばれるという未来は見えそうもない。
それならせめてオリヴィアさんには少しでも幸せになってほしかった。
「わかった、このことについてはもうとやかく言わないよ」
「……ごめんなさい。アキトさんが親切でおっしゃってくださっているのは理解しているのです」
「もういいさ。それよりも明日から洞窟探索をしよう」
「洞窟を……? どうして?」
「魔光石を探して少しでも稼いでおくのさ。オリヴィアさんの持参金にしてもいいし、ご両親に渡してもいい。たとえ嫁ぐにしたって、経済力があるとないとじゃ心のゆとりが違うからね」
「アキトさん……ありがとうございます。わたくしのことをそんなに気にかけていただいて本当に感謝しますわ。でも、そんなに心配なさらなくても大丈夫です」
「どうして?」
質問するとオリヴィアさんはこれまで見せたことのないような不敵な笑顔を見せた。
「いざとなれば、わたくしには暴力がございますから」
「暴力ぅ?」
た、たしかに腕力でオリヴィアさんに勝てる人はほとんどいないだろう。
「理不尽なことが続けば、わたくしも腕に物を言わせます。ニッサル王子に好き勝手はさせません」
それなら王子のいいなりになったり、舅や姑にいじめられたりしないのかもしれない……。
ただ、オリヴィアさんは優しいから本当に手を出すかは疑問だな。この場を取り繕うためにそんな発言をしただけかもしれないし……。
それとも、実はすぐに手が出るタイプ!?
「わかった。それでも魔光石は探そうよ。最終手段を行使する前に予防線はいくらあってもいいだろう?」
「それは……。たしかにおっしゃるとおりですわね。でもよろしいのですか? アキトさんを危険な目に遭わせるのは嫌です」
「俺のことは気にしなくていい。俺も自分の世界へ帰る道を探すから」
「アキトさんの世界……。日本へお帰りになるのですか?」
「君が島を去ったらね」
「……」
オリヴィアさんが不意に背中を向けた。
「どうしたの?」
「なんでもございません! お、おやすみなさい」
顔は見えないけどドリルが微かに震えている気がする。
オリヴィアさんは鼻をすすりながらテントの中へ入って行ってしまった。
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