第37話 ノッティンガム墓地の悲劇(3)


 屋敷の中は静かだった。時折ゾンビのうめき声が聞こえるくらいで人間の叫び声などはしていない。


「女神官たちはきっとどこかに隠れているのでしょう……。手分けして生存者を探すのです」


 オリヴィアは真っ直ぐに礼拝堂へと向かった。そこは重厚な扉があり、他には小さな窓しかない部屋である。

 神のご加護を得るためにも女神官や子どもたちはきっとそこに立てこもるはずだ。オリヴィアはそう信じて真っ直ぐに足を進める。

 途中で何体ものゾンビやスケルトンを打ち払いながらオリヴィアたちはついに礼拝堂の前までやって来た。騎士ボッツェが礼拝堂の扉に手をかけたが扉は動かなかった。


「中から鍵が掛けられているようです」


 ボッツェの言葉にオリヴィアはホッと胸をなでおろした。鍵が掛けられているのなら、誰かが避難しているに違いない。オリヴィアは力強く扉をノックした。


「開けてください! 私は聖十字槍騎士団のオリヴィア・ハッフルパイモンです。この付近のゾンビは一掃しました。一緒に避難しましょう!」


 オリヴィアは必至に呼びかけたのだが鍵はしまったままで、中から呼応する声はない。


「どういうことでしょうか?」


 ボッツェはいぶかしみながらもう一度扉を引いてみたが、やはり動かなかった。


「怯えて鍵を開けられないのかもしれませんわね。仕方がありませんわ、緊急事態ですので扉を破壊します」

「扉を?」

「少し下がっていてください」


 オリヴィアはクレイモアと呼ばれる大剣を手にして大上段に構えた。


「フンスッ!」


 揺らめくオーラを纏ったクレイモアはドアの継ぎ目に滑り込みかんぬきを破壊した。


「これで入れます。行きましょう」

「す、すごい、さすがは中隊長です」


 ボッツェの称賛の声を無視してオリヴィアは室内に入った。


「誰か、誰かいないのですか? ……ああ! よかった、みんな無事だったのね!」


 壁際に見知った子どもたちの顔を見つけてオリヴィアは安どのため息をついた。


「あなたたち、ケガはない?」


 だが、声をかけても子どもたちは虚ろな目でオリヴィアを見返すばかりだ。


「どうしたの? わたくしのことを忘れてしまったのかしら? 騎士団のオリヴィアですよ。ミスティー、前に一緒に花冠を作って遊んだでしょう? 憶えていないかしら」


 顔見知りに声をかけていくが、どの子も一様に青白い顔をしてオリヴィアたちを見返すばかりである。


「中隊長殿、様子が変ですぞ!」


 身構えたボッツェたちの背後から襲い掛かる者がいた。


「グアアアアアアアアアァッ!!」

「うわっ!」


 子どもに気を盗られている隙にゾンビ化した女神官たちがボッツェたちの首にかみついたのだ。


「中隊長殿、こいつらはすでにゾンビ化しています!」


 ゾンビの一体を切り下げながらガルンが叫ぶ。


「そ、そんな……」


 二カ月前に流行り病で死んだゾンビは腐乱しており、すでに人の体を成していなかった。だが、こちらはなりたてのゾンビである。生きているときと様子はさほど変わらない。特に子どもたちは数週間前に見たときと同じ姿をしている。

 それだからこそ、オリヴィアに躊躇いが生まれた。


「中隊長殿、早くこいつらを!」


 ゾンビに対抗しながらガルンが叫んでいたが、オリヴィアは動けなかった。


「お姉ちゃ……ちゃ……ちゃん」

「ミスティー!?」


 少女の様子は明らかにおかしかったが、オリヴィアは希望を捨てきれない。


「ミスティー、いま助けてあげるからね……」

「だめだ、そいつを殺せっ!」

「ダメッ!」


 ガルンが振り下ろした剣をオリヴィアは弾いてしまった。それがすべての始まりだった。斬撃を逃れたミスティーは目の前にいたガルンの首に噛みつく。


「ぐあああああっ! 離れろ、クソガキ!」


 慌ててミスティーを引き離すガルンだったがすでに手遅れだ。そのときにはもう女神官に襲われたボッツェのゾンビ化はほぼ完了していた。


「お、オリヴィア殿のから、から、カラダ、オレガ クウ……」


 自分の部下が次々とゾンビ化していく中で、気が動転したオリヴィアは一歩も動けないでいた。

 卓越した武術は身に着けていたが、いかんせん実戦経験が足りなかったのだ。


「わ、わたくしは……」

「オリヴィ……アアアアアアアアッ!」


 ボッツェの手が眼前に迫ってもオリヴィアは声も出せずにいた。が、ここで一本の槍がゾンビと化した騎士を打ち倒した。


「姫様っ!」


 門を守っていた老騎士オットーである。オットーは短槍を縦横無尽に振り回して室内のゾンビを一掃した。

 子どものゾンビが槍に貫かれて倒れていく様を、オリヴィアは絶望の中で眺めているしかなかった。


「姫様、お怪我はございませんか?」

「…………」


 オリヴィアは床に散らばる死体を呆けた様子で見つめている。いつも笑顔を絶やさない優しい女神官、愛くるしい子どもたち、そして命令を忠実に守ってくれた部下たち、どれも見覚えのある顔ばかりである。そんな人々が頭部を傷つけられて床に横たわっていた。


「しっかりしてくださいませ、姫様! 表門はこれ以上持ちそうもありません。撤退の御命令を!」

「撤退……」

「姫様! 裏門ならゾンビの数も多くはありません。一刻も早いご決断を!」


 それでも動けないオリヴィアをオットーは抱え上げた。


「御免!」


 オットーは無抵抗のままのオリヴィアを肩に担いで命令を下した。


「全員、撤退するぞ。敵を仕留めようと思うな。駆け抜けることだけを考えよ!」

 

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