第31話 洞窟探索(4)
洞窟は緩やかな斜面を少し上がった、山の断崖に穿たれていた。周囲には黒い岩がごつごつしていて不気味な雰囲気が漂っている。
「我ながらよくこんなところを通ってきたもんだな。オリヴィアさん、平気?」
入口から見る洞窟の奥は真っ暗で、その先に何があるかは全く分からない。オリヴィアさんは小さく震えていたけど、気丈にも明るい声を出した。
「これくらいどうということもございませんわ。さあ、参りましょう。今日こそは美味しい焙り肉を食べさせて差し上げますからね」
「入る前に先ほど渡したヘッドランプを点けよう」
ボタンを押すと三万五千ルーメンの明かりが洞窟の地面を照らし出した。
「まあ、随分と明るいのですね」
「うん、強力なやつを選んだからね。これならオリヴィアさんも平気だろう?」
二つのヘッドランプが重なり洞窟はいつになく明るく照らし出されていた。
「最初の道を左に曲がる……と」
俺は元の世界から持参した手帳にルートを書き込んでいく。
「アキトさん、あそこに猫の像がございますわ」
前を歩くオリヴィアさんが招き猫を見つけた。俺が知っている日本の招き猫より胴体が長い。愛嬌のある顔はなんとなくブチさんに似ている。
「お腹には1と書いてありますわね」
「これが最初の招き猫か。ここを越えると魔光石やケーブマッシュルームを見つけられるようになるんだよね」
「はい、ブチさんはそうおっしゃっていましたわ。3の招き猫のところまでは出現する魔物も強力ではないそうです。油断は禁物ですが」
「時間はたっぷりあるんだ。焦らず慎重にいこう」
いつ魔物にエンカウントしてもいいように探索速度は極力ゆっくりだ。一歩ずつ慎重に、上下左右を確認しながら洞窟を進む。黒い岩が折り重なり、無数の影が俺たちの方向感覚を狂わせていた。
「アキトさん、今、何かが光りませんでしたか?」
オリヴィアさんに指摘されて目をこらす。何度か横に動いて光を当てる角度を変えると、きらりと光るものを見つけることができた。俺たちは周囲を警戒しながら光の元をさぐった。
「これがブチさんの言っていた魔光石だな。色は黄色か……」
魔光石の中では一番ランクが低く、買い取り価格も下がるそうだ。これはカボチャの種くらいの大きさがあるけど資産価値はどのくらいなんだろう? こんなに簡単に見つかるのだからたいした価値はないのかな。
「なんだかひまわりみたいな色でかわいいよね」
「ええ、髪留めにつけたらよさそうですわ」
「じゃあ、これはオリヴィアさんが持っていてよ」
俺は地面から魔光石を拾い上げオリヴィアさんに渡した。
「わたくしがもらってよろしいのですか?」
「オリヴィアさんが見つけたんだから当然さ。それに俺が持っていても仕方がないからね」
宝石を身につけるようなお上品な暮らしには縁がない。
「では遠慮なく」
オリヴィアさんは嬉しそうにヘッドランプの明かりに魔光石を当ててきらめきを楽しんでいた。元気なビタミンカラーはオリヴィアさんによく似合う。
モノなんて、それにふさわしい人が所有すればいいのだ。
さらに奥に進むと2の文字が書かれた招き猫が見つかった。
ここでは洞窟の天井に穴が開いていて、太陽の光がこぼれている。ヘッドランプのおかげで暗闇は振り払われていたけど、やはり太陽光にはかなわない。
オリヴィアさんの表情もさらに和らいでいた。
「少し休んでいこうか」
「そうしましょうか。っ!」
不意にオリヴィアさんが身構えた。
「岩陰に何かいます、気をつけて!」
ついに魔物が現れたか!
回り込んでヘッドランプの光を浴びせると、体長が二メートルくらいある巨大なムカデが潜んでいた。俺はアックスの柄を握り直す。
「アキトさんは下がっていてください。これはわたくしが仕留めます!」
「わかった」
防御を固めて斜め後ろで待機した。ムカデがいつこちらに向かってきてもいいように警戒だけは怠らない。
「覚悟!」
短い発声と共にドリル令嬢は力強く踏み込んだ。その衝撃に地面が揺れたくらいだ。
残像を残した打ち込みは鋭く、巨大ムカデは毒牙を開くことさえできずに頭部を打ち据えられていた。もちろん即死である。
「ふぅ……、撃破でございますわ」
「華麗だ……」
戦闘系のスキルを習得したおかげで武術の理解が深まっている。そうした目でお嬢の動きを改めて見ると、無駄が一切ないことに圧倒されるのだ。この人は本当にすごい。
「しっかし、大きなムカデだなぁ」
「これがムカデですか! 書物で名前は知っておりましたが見るのは初めてですわ。足がウネウネしていて、なんだかグロテスクですわね」
「うん、でもムカデはすりつぶして生薬にされるなんてことを聞いたことがあるよ」
たしか漢方薬などにあったはずだ。
「まあ、これがお薬に?」
「なんに効くかまでは覚えていないけどね」
う~ん、ムカデが薬になるのなら、ひょっとしたらこいつも食べられるのか?
どれ、試しに可食判定を使ってみるとしよう。
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