第24話 急成長(1)


 事件は早朝に起きた。今日はレベルアップの日なのでポイントルーレットを回すことができる。俺は寝ぼけ眼を擦りながらステータスボードを操作している最中だった。


(36、36、36、36……)


 座った状態でタイミングを計りながらストップボタンを押そうとしていると、タープのラインに足を引っかけたオリヴィアさんが俺の上に倒れこんできたのだ。


「きゃあっ」

「うえっ?」


 オリヴィアさんを受け止めたので、二人で折り重なって地面に倒れこんでしまった。頬をくすぐるドリルと、すぐ目の前にある薄桃色をした唇に頭がくらくらとしてしまう。

 聖戦士はあんなにパワフルなのに、体はどうしてこんなに柔らかくて華奢なのだろう?


「い、いけませんわ、アキトさん……」


 動けずに固まっている俺を凝視しながらオリヴィアさんが掠れる声でつぶやいた。


「ごめん、でもオリヴィアさんが乗っているから動けないんだ」

「動けない……? あっ!」


 遮断されていた回路が繋がったみたいに、オリヴィアさんは俺の上から飛びのいた。


「失礼いたしました!」

「いえいえ、怪我はない?」

「はい……体はなんともございません。し、失礼しますっ!」


 顔を真っ赤にしてオリヴィアさんは走り去ってしまった。

 ご令嬢は男に触れるなんて経験はなかったのかな? 社交ダンスとかしてそうだけど、それとは別物か……。

 そっとしておいた方がいいだろうと思い、俺は再びステータスボードに意識を戻した。


「えっ!?」


 ルーレットはすでに止まっていた。きっとオリヴィアさんとぶつかった拍子にストップボタンを押してしまったのだろう。そして、ルーレットの数字はなんと最大の36で止まっていた。


「いよっしゃあああっ!」


 思わずガッツポーズをとってしまった。スキルポイントはレベルアップ分と合わせて41もある。これで念願だった「免疫力向上」のスキルを獲得できるぞ。もう病気に怯える日々ともおさらばだ!


 ポイントを6消費して「免疫力向上」を取得した。少しだけ体が元気になった気がする。気のせいかもしれないけど、精神が上向きになるのはいいことだ。これでさらにゆったりとキャンプライフを楽しむことができるだろう。


 スキルを獲得すると、いつものようにスキルツリーが枝を伸ばした。


「免疫力向上」→ 応急手当の知識(2)→ 自己治癒力アップ(4)→ 回復魔法基礎(8)


 このツリーを極めれば回復魔法まで学べるのか! そこに到達するには14ポイントも必要だけど、幸いポイントは35も残っている。折角だからぜんぶ取得してしまおう。

 ワクワクしながらスキル獲得のボタンを連打して「回復魔法基礎」まで取得した。これで少々のケガや病気に対応できるようになったぞ。ただ、回復魔法といっても基礎なので、絶大な効果は期待できない。

 包丁で指先を切ってしまったくらいならすぐに治るようだけど、戦闘による大きな裂傷なんかを治すには手間がかかるようだ。

 それに病気に対しても、解熱効果とかウィルスの排出を促すくらいの効果らしい。それでも、あるとないとじゃ大違いだ。それに、「回復魔法基礎」から伸びるスキルツリーは新たな可能性を示している。


 レベル10より習得可能

 解毒(8)→ 活性化付与(12) 回復魔法中級(14)


 レベルが足りないのでまだ習得はできないけど、どれも必要なスキルばかりだ。可能になったらぜひ修めてみようと思う。


 さて、残りのポイントは21ある。まずは、ずっと必要を感じていたナイフを手に入れてしまうか。

「キャンプ飯」と「下処理のプロ」のスキルを持つ者としては必携のアイテムだからね。

 カタログを調べるとナイフというのはピンからキリまであるのだと分かった。とりあえずは4pくらいのものでいいかな。


 万能ナイフ

ドロップポイント。柄にはフェノール樹脂素材を使用。

必要ポイント:4


 本当はもっと高級なナイフもあったけど、それは余裕が出てきたら手に入れるとしよう。

 ドロップポイントとはナイフの形状を表している。これは切ることと、皮を剥ぐことに適した形のようだ。

 他にも汎用性の高いユーティリティー、細かい作業をするのに適したケーパーなどがあるそうだ。

 ゲームなどでよく登場するダガーは突き刺すことが目的で両刃になっている。


「あら、ナイフですか?」


 手に入れたばかりのナイフを確認していたらオリヴィアさんが戻って来た。興味津々といった目つきで俺の手元を眺めている。

 戦士にしてハンターである彼女にとって、こういった道具は欠かせないものなのかもしれない。

 まあ、チート技である斬手刀があればナイフなんて必要ないか。切れ味は俺のナイフよりはるかに鋭い。


「今日はポイントをたくさんゲットできたので、アイテムと交換したんだ。オリヴィアさんも欲しいものがあったら言ってね。可能なら手に入れるから」

「わたくしは何も。アキトさんに頼ってばかりでは申し訳ないですわ。今日こそ獲物を捕まえてきますので期待してくださいましね」

「そんなに遠慮しなくてもいいんだよ」

「いえ、わたくしも役に立ちたいのです」

「そのためにも体力をつけないとね。今朝は食料ガチャを二回まわして、しっかりとした朝ご飯を食べよう」


 食材はジャガイモとバナナが残っていたけど、調味料は塩とバターしかない。同じものを食べていると飽きてしまうので、心のゆとりを大切にすることにした。


「それでは一回目……(ゴクリ)……おおっ!」

「まあ、サンドイッチ?」


 出てきたのはクラブハウスサンドだ。ベーコン、ターキー、野菜、チーズなどがトーストにたっぷりと挟んであり、大きなお皿にはフレンチフライも添えてある。


「これは当りが出たな。美味い具合に二切れあるから半分に分けて食べよう」

「ええ、とっても美味しそうですわ」


 さすがアメリカ生まれの料理だけあってボリューミーだ。諸説あるけど、アメリカのカジノクラブとか将校クラブで生まれたメニューらしい。


「それじゃあ、もう一回」


 今日の俺はついている。次のガチャも当りを引けるはず!


「あら、なんでしょうこの……樽?」


 出てきたのは円柱状をした紙パックに入ったアイスクリームだった。容量はなんと五リットルもある。本物のバニラビーンズが入った高級アイスクリームのようだけど、二人では到底食べきれる量じゃない。


「まあ、これにはアイスクリームがはいっていますの? 甘いものは大好きですが……」


 さすがの聖戦士も手を出しあぐねるか。きっと業務用の商品なのだろう。


「そうだ、ミニャンたちは食べることが大好きだから、タマさんたちに分けてあげよう」

「それはいい考えでございますわ。でしたら急がないとなりませんわね。この天気ではすぐにとけてしまいそうですもの」


 朝とはいえ季節は夏だ。気温はもうかなり熱い。


「今から行って数十人分を盛り付けていたら完全に融けてしまうかもしれないなあ」

「ごめんなさい。わたくしが氷冷魔法を使えれば……」

「大丈夫、何とかするよ」


 アイスクリームをご馳走したら、きっとタマさんたちは喜んでくれるだろう。ミニャンたちの笑顔が見られるのならポイントなんて惜しくない。


 俺はカタログをめくってすぐに目当ての物を探し出した。


 クーラーボックス

四十五リットル。保冷力は約三日。

必要ポイント:4


 保冷剤 二個パック(サイズXL)

魔力を流し込むことで急速冷凍。マイナス十五度を七時間キープ。

必要ポイント:3


 どちらもキャンプには欠かせない道具である。ここで取得しておいても損はないだろう。


「オリヴィアさん、これに魔力を注いでもらえる? 保有魔力量は君の方がずっと多いから」

「お任せあれ!」


 お願いするとオリヴィアさんはすぐに保冷剤を凍らせてくれた。保冷剤にアイスクリームを挟んで、すぐにクーラーボックスに入れておく。


「これで一安心だ。先にクラブハウスサンドを食べてからミニャンたちのところへ行こう」

「うふふ、タマさんたちもきっと喜んでくださるでしょうね」


 バナナとクラブハウスサンドで朝食にした。久しぶりにコーヒーが飲みたいな。食料ガチャで引き当てられればいいんだけどね。

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