第23話 アシカン(4)


 ベースキャンプに戻るとオリヴィアさんが帰っていた。項垂れた様子から本日の狩りも失敗したことが分かる。


「安心してください。今日は焼き魚がありますから」

「ごめんなさい、アキトさん。今日は大きなキジを見つけたのですが……」


 キジか、それは残念だな。焼き鳥にしたり、釜めしにしたり、お蕎麦に入れる地域もあると聞いたこともあるぞ。肉はしまりがあってかなり美味しいらしい。


「投げた石が外れたのですか?」

「いえ、そうではありません。たまたま素手で捕まえることに成功したのですが、命乞いをされました」

「また聖獣!?」


 そういえば、タマさんたちに聖獣以外の動物がいるかどうか訊くのを忘れてしまったな。


「キジが言うには、拙者、キビダンゴの御恩がありますゆえ主のもとへ戻らなければなりません、後生ですからお見逃しください。と、こうです」


 桃太郎的なやつ!?


「聞けば食べ物の恩でオーガの討伐に参加したそうですが、偵察任務の途中で本隊とはぐれてしまったそうでして……」

「そ、それは食べられないね」

「はい、相手は鳥ながら立派な武人。食べるのは忍びなく……」

「とにかくお昼ご飯にしよう。シンプルな魚の塩焼きだけど、新鮮で美味しいよ」

「ありがとうございます。アキトさんにばかり迷惑をかけてしまって申し訳ございません」


 またもやドリルがしょんぼりと垂れ下がっているぞ。元気のいいドリルも好きだけど、しぼんだドリルにもまた趣がある。


「気にすることはないって」


 新鮮なアジはビックリするほど美味しかった。臭みとかがまったくないのだ。穫れたてってこんなに違うんだね。

 オリヴィアさんの国では料理の魚に頭と尻尾が付いていることはないそうだ。姿焼きのアジにびっくりしていたけど果敢に挑戦していた。アジの塩焼きをナイフとフォークを使って上品に食べる人を俺は初めて見たよ。


「食べてみると美味しゅうございますわ」


 侯爵令嬢のバイタリティーと適応力は人一倍優れていて、頭と骨だけを残してきれいに間食していた。



   オリヴィア 5



 なんと不運なのでしょう。狩りをしたいというのに、出会う獲物、出会う得物、すべてが聖獣でございます。

 アキトさんに焙り肉を食べていただきたいのですが、なかなかうまくいきません。わたくしだけが足を引っ張っていて、心苦しゅうございます……。なんとかしなければなりませんね。

 それはともかく、今日は「じゃがバター」というお料理を習得しました。ジャガイモを洗い、切り、茹でて、塩とバターで調味した料理でございます。シンプルながら滋味のあるお味がします。自分で作ると感動もひとしおでした。

 今日もアキトさんはわたくしが作った料理を「美味しい、美味しい」とたくさん召し上がってくださいました。

 これまでだって私を褒めてくださる人はたくさんいましたが、それは私が侯爵家の長女だったからでしょう。世間知らずのわたくしでも、それくらいはわかります。

 でもアキトさんは外国の方なので、私の身分を重視していらっしゃらないようです。それがわたくしには心地よく感じます。だからこそアキトさんの言葉を信じられるのです。

 彼が「美味しい」と言えば、それは事実美味しいのでしょう。彼が「オリヴィアさん、ありがとう」と言えば、本当に私に感謝してくださっているのです。社交界というのは心の休まらない場所でしたが、ここはまるで違います。

 今朝気がついたのですが、私はここへきてから愛想笑いを一度もしていないのです。それまでは笑顔の張り付いた仮面をずっと被ってきたというのに、もういびつな笑い方すら忘れてしまった気分です。

 きっと心の底から解放されているのでしょう。

 今朝、アキトさんが「今日はずいぶんと顔色がいいね。なにかあったの?」と、おっしゃってくださいました。お肌の調子がいいのはアキトさんのおかげなのに……。

 でも、この生活も長くは続かないのですね。私の自由は船が来るまでの期間限定です。ひょっとすると、これこそが私に与えられた罰なのかもしれません。

 騎士として、大勢の仲間を失う原因を作ってしまったわたくしへの、神が与えたもうた罰に相違ありません。

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