第21話 アシカン(2)


 水浴びや果物採集のルーティンを終えると磯へとやって来た。ここは岩がゴツゴツしていて潮だまりに小魚が泳いでいるのが見える。手を伸ばせば簡単に捕まえられそうだ。

 あの魚は食べられるのだろうか? 

「可食判定」があったらなぁ……。

「免疫力向上」を取りたくてまだ獲得していないけど、あればあの魚が食べられるかどうかわかっただろう。

 魚だけじゃない。岩場をちょこちょこと歩くカニだってそうだ。俺はたんぱく質に飢えている。

 少し整理しておくと、俺が取得しているスキルは以下の五つだ。


「基礎体力向上」

「ベースキャンプの祝福」

「キャンプ飯」

「キャンプ道具の応用」

「下処理のプロ」

である。


 キャンプ生活三日目にしては充実していると思うけど、ここで生きていくにはまだ足りない。明日こそ「免疫力向上」と「可食判定」をゲットしよう。


 日差しは強かったけど海風が気持ちよかった。でも、こうして魚を眺めているだけでは仕方がないか。

 立ち上がってベースキャンプに戻ろうとしたら、岩場の上でこちらを見つめている生物に気がついた。

 あれは……アシカ? 

 うん、水族館で見たアシカによく似ている。ホタテの貝殻を頭にかぶっているけど、あれはアシカだろう。

 ただここは聖獣の集うマーベル島だ。ひょっとすると聖獣かもしれない。

 ミニャン族のような聖獣なら言葉が通じるかな? 

 海で生きているのなら魚にも詳しいはずだ。だったら、潮だまりにいる魚が食べられるかどうか教えてくれるかもしれない。


「おーい!」


 大きく手を振って呼びかけると、向こうはビクリと体を震わせた。驚かせてしまったようだ。警戒心が強いのかな?


「こんにちは、最近マーベル島へ漂流してきた人間の町田秋人です。ちょっと教えてもらいたいんだけど、いいですか?」


 声をかけるとアシカは少しだけこちらへ寄って来た。


「なに……?」


 喋り方はぶっきらぼうで、あまり愛想のいいタイプではないようだ。


「ここにいる魚って食べられるかな? 教えてほしいんだけど」


 アシカはちらりと潮だまりを見て、不機嫌な声を出した。


「それはサディール。小さいから美味しくないけど食べられる」

「そうなんだ! じゃあ、この辺でちょこちょこしているカニはどう? 毒はない?」

「うん……これも小さいから美味しくないけど食べられる」


 よしよし、食べられるのなら獲っていこう。今夜はサディールとカニの潮汁だ! 

 さっそく靴を脱いでズボンの裾をまくっていると今度はアシカが話しかけてきた。


「人間、なにをやっているんだ?」

「うん? 魚を獲って食べようと思って。ここのところ食事が少ないから少しでも晩飯の足しにするんだ」


 じっさい、ちょっとだけ痩せてきているんだよね。ベルトの穴一つ分くらいウェストが細くなっている。


「ふーん……」


 それだけ言ってアシカは海に飛び込んでしまった。友好的とまではいかなかったけどアルバト族みたいに意地悪な感じでなくてよかったな。

 そのうちもう少し仲良くなれるかな? 

 そんなことを考えながら潮だまりの中の小魚を捕まえにかかった。


 十分くらいかかってようやく小さなサディールを一匹だけ捕まえた。泳ぐのが速すぎなんだよね。網でもあればいいんだけど、魚を捕まえるタモ網は安いものでも3ポイントが必要になる。

 そもそも釣竿を手に入れればこんな苦労はしなくてすむのかな? 

 カタログにはタックルセットという商品もあったはずだ。竿とリールと仕掛けのセットである。もう少しポイントに余裕が出たら考えてみよう。

 残っているのは1ポイントだけだし、これは緊急の場合に備えて残しておきたい。魚は諦めてカニ獲りに専念しようかな? こちらの方が捕まえられそうな気がする。

 まあ、最悪食料ガチャは引けるので、もう少し魚取りを楽しんでみるか。

 そんなことを考えていたらさっきのアシカが岩の上に上がってきた。そして、俺の方に海藻で一括りになった魚を投げてくるではないか。


「これは……?」

「やるよ」


 それだけ言ってアシカはまた海に飛び込んでしまった。


「ちょっと待って!」


 呼び止めたけど返事はない。名前を訊くどころかお礼すら言えなかったぞ。

 魚を確認すると三十センチくらいのアジみたいなのが五匹と、四十センチ以上のスズキっぽいのが一匹だった。


「ありがとおっ!」


 大きな声で叫んだけど届いたかな? 次に会ったらちゃんとお礼を言うことにしよう。

「下処理のプロ」の力を利用して、新鮮さが残るように活〆しておいた。

 それにしてもりっぱな魚だ。俺とオリヴィアさんだけじゃ食べきれない気がする。冷蔵庫なんてないから早く食べないと傷んでしまうなあ。

 せっかくだからタマさんとブチさんにお裾分けしてあげようか。きっと二人も喜んでくれるだろう。そう決めて、俺はミニャンたちの集落に急いだ。

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