第18話 島での生活(5)


 午後は海岸で潮干狩りをした。塩は以前作ったものがあったので困らなかった。


「よ~し、たくさん捕まえるよ!」

「潮干狩りなんて初めての経験ですわ! とっても楽しみです」


 靴と靴下を脱いで準備しているとオリヴィアさんに驚かれた。


「本当に素足になるのですか?」

「靴に砂が入るのは嫌だし、汚れてしまうよ。無理にとは言わないけど」


 深窓の令嬢にとって、人前で、特に男の前で裸足になるのは抵抗があるようだ。きっと慎みのない行いなのだろう。

 長いこと迷っていたオリヴィアさんだったけど、意を決したように編み込みブーツの紐に手をかけた。

 するりと靴を脱ぐと絹の靴下が姿を現した。一瞬の躊躇のあと、オリヴィアさんは顔を赤らめながら靴下も脱ぎ去った。


「そんなに見ないでいただけますか?」

「ご、ごめん」


 それまで意識していなかったのに、そんな風に恥ずかしがられるとこちらまで照れくさくなる。特にオリヴィアさんの足の爪は桜貝みたいに綺麗だから……。


「それじゃあ、潮干狩りを始めよう」

「はい。砂浜の穴に塩を入れるのでしたね?」

「そうだよ。そうすると貝がヒョコッと顔を出すから、そこをサッと捕まえるんだ」

「承知しました。不束者ではございますが、拳と剣の速度にはいささかの自信がございます。お任せください」


 頼もしい限りだ。


「お、さっそく穴を見つけたぞ」


 砂の上に鉛筆くらいの太さの穴が開いている。きっとここにマテン貝が生息しているに違いない。

 俺は鍋から少し多めの塩をとり、穴の中へと投入した。


「どうだろう……、あっ!」


 それは一瞬のことだった。貝は穴からたしかに顔を出したのに、一瞬のうちに消えてしまったのだ。もしかして目の錯覚だったのか?


「捕まえましたわ。この長細いのが貝なのですね。おもしろい! 初めてみましたわ!」


 令嬢がマテン貝を掴んでぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「え、いつ獲ったの!?」

「顔を出した瞬間ですわ。アキトさんがサッと取れと指示なさったでしょう? だからササっと」


 いや、これはもう神速の域だぞ! 早すぎて手が見えなかったもん。


「うん、その調子で頼むよ」

「ええ、どんどん捕まえましょう。潮干狩りってこんなに楽しいのですね!」


 俺たちは潮干狩りを続け二十匹以上のマテ貝を捕まえた。


「さあ次ですよ、アキトさん!」


 オリヴィアさんはそうとう楽しいらしく、もっと取ろうとせがんでいる。


「ごめん、もっと取りたいけど残念ながら塩がもうないんだよ。今日はこれでお終いだ」

「まあ……」


 出来上がった塩は五十グラムに満たないくらいだったのだ。


「夕飯のおかずにはちょっと足りないけど、諦めるしかないだろう」


 帰り支度をしようと思ったのだが、オリヴィアさんは動かなかった。


「どうしたの?」

「アキトさん……塩がないなら手で掘ればいいんですわ!」

「はっ?」

「はぁあああああああっ!」


 気魄一閃、オーラを纏った聖戦士の手が砂浜の穴を深くえぐった。飛び散る砂は俺の背を軽く越えて周囲にばらまかれる。そして島の海岸に静寂が戻った。


「……捕まえましたわ!」


 残心の構えから放たれる回心の笑顔が俺の胸に突き刺さる。これほどマテン貝が似合う侯爵令嬢を俺は知らない。そもそも貴族の令嬢に知り合いなんていないけど。


「す、すごいね」

「うふふ、アキトさん、これは発見ですね。マテン貝は塩がなくても捕まえられるのですよ!」


 それができるのは君だけだ……。

 オリヴィア嬢の頑張りで百匹以上のマテン貝を捕まえることができた。


「大量ですわね。でも、もう少しだけ……」

「いやいや、今日はこれくらいにしておこうよ。食べきれないほどとっても仕方がないだろう?」


 ほどほどがいちばんなのだ。


「それもそうですわね。ではこれくらいに」

「二人で食べるにはちょっと多いから、ブチさんに分けてあげてもいいかな?」

「もちろんですわ。隣人は大切にせよという教えもございますから」


 俺とオリヴィアさんは連れ立ってブチさんの家を目指した。

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