第17話 島での生活(4)


 オリヴィアさんを見送ってから俺も出かけることにした。

 手に入れたクラムチャウダーは三食入りだったので一袋余っている。昨日のお礼にこれをブチさんへプレゼントすることにしたのだ。

 教えてもらったオレンジ色の家をノックすると、ブチさんがあくびをしながら出てきた。


「お、アキトじゃニャいか。よく来たニャ。中に入って……サイズ的に無理かニャ?」


 ミニャンの家は小さいのでちょっと窮屈そうである。


「いいよ、今日はこれを届けに来ただけだから」

「ん~、その袋は何ニャ?」

「インスタントスープっていうんだ。お湯をかけるとクラムチャウダーになるんだよ」

「クラムチャウダー!? ウマウマだからブチの大好物ニャ。さっそく作ってみるニャ」


 ブチさんは大急ぎでお湯を沸かしてくるとスープボールを持って外に出てきた。

 玄関前はポーチになっていて、テーブルと椅子が置かれている。俺はすぐ横の地面に腰かけて様子を見守った。


「どうやって作るかニャ?」

「まずは粉末をお皿に入れるんだけど……ずいぶんと小さいな」


 ミニャンのお皿は人間のよりも小さめだった。まるで子どものおままごとセットみたいである。


「このサイズなら二杯くらい作れるかも……」

「それなら友だちのタマを呼んでくるニャン!」


 ブチさんはコロコロとした体型に似合わない俊敏さで駆けていくと、タマさんを連れてすぐに戻って来た。


「あ、タマさんこんにちは」


 タマさんはこの島で初めて会ったミニャン族だ。


「お、昨日の人間ニャ。なんだかおもしろい食べ物を持ってきてくれたって?」


 さっそく二人分のクラムチャウダーを作ると二匹のミニャンはクンクンと匂いを嗅ぎながら踊りだした。


「粉がスープ♪ 粉がスープ♪」

「あっという間に出来上がり、ニャン!」


 本当に食べることが好きなんだなぁ。


「はい、もういいよ。食べてみて」


 ところが二匹のミニャンは微動だにしない。かき混ぜ終わったスープを真剣な目つきで睨むのみだ。

 何か問題でもあるのかな? ひょっとして毒が入っていないかとか疑っているのだろうか!


「ど、どうしたの?」

「……ミニャンは猫舌ニャ」


 見たまんまなんですね。


「食べたくて仕方ニャイのだけど、くちびるの構造的にフーフーはできないニャよ」

「シャーッ! ならできるニャンけどね……」


 ブチさんはソワソワした感じでスープを見ている。タマさんは早く冷めるようにとスープをかき回し続けた。

 しばらくすると熱が取れ、ちょうどいい温度になったようだ。


「美味しいニャ。こんなに簡単にクラムチャウダーができるなんて不思議ニャ」

「う~ん、美味しいけど、もっと実がゴロゴロしている方がタマは好きニャ。食べ応えはそっちの方がある。でも、すぐに食べられるからこれも好きニャ。むしろ大好きニャ。具がもっといっぱいだったら大大好きニャ!」


 タマさんの方がブチさんより食いしん坊って感じだな。具がたくさん入ったのがいいのなら、レトルトパウチに入ったシチューがお勧めだ。あれなら食べ応えがあるぞ。


「ありがとニャン。美味しくて珍しいものを食べたと仲間に自慢できるニャン」

「それはよかったね。また何か手に入れたら持ってくるよ」

「人間の友だちもいいものニャンね。船で来る人間は強欲そうなのばかりだけど、アキトは違うようニャ。ブチはこれからバナナを取りに行くけど一緒にくるかニャ?」

「いいの?」

「アキトはもう友だちニャから遠慮することはないニャ。タマはどうするニャ?」

「タマはお昼寝ニャ。食べたら眠くなったニャン」

「やれやれ……。それじゃあアキト、怠け者はここへ置いて行くニャン」


 毛づくろいを始めたタマさんを置いて、俺はブチさんと一緒にバナナ園へと向かった。


「タマはいつもああニャン。張り切るのは食べるときだけニャ」


 ブチさんがブツブツと文句を言っている。


「たしか、人間の船が珍しい食べ物を運んでくるんだったね?」

「そうニャ、さすがのタマも砂糖が手に入ると踊るニャよ」


 サトウキビの栽培はしていないようで、砂糖は主に人間が持ってくるものだそうだ。


「次に船が来るのはいつくらい?」

「そうだニャ~、あと二十日くらいかニャ」


 俺の感覚では一カ月弱といったところか……。


「アキトたちは漂流したと言ってたけど、船が来たら乗せてもらって帰るのかニャ?」

「オリヴィアさんはね……」

「アキトは?」

「俺はさ、ちょっと複雑なんだよ。信じてもらえるかどうかはわからないけど――」


 タマさんに、自分が洞窟を通ってこの島にやってきたことを説明した。


「というわけで、俺は漂流者じゃないんだ」

「ニャるほどニャ。キラキラの石や食材を取りに洞窟には入るけど、奥の方がどうなっているかはミニャンにもわからないニャ。アキトの言う通り異世界に繋がっているかもしれないニャ」

「ああ……」

「でも、洞窟の奥には恐ろしい魔物が住んでいるみたいだニャ。帰るときは気をつけるニャよ」

「そうだな……」


 日本に帰ったところで待っているのはあの地獄のような日々だけどね。仕事が忙しくて友だちとも疎遠になっているし、恋人だっていやしない。両親も事故でもう亡くなっているもんなぁ……。


 そんな会話をしながら十分ほど歩くとバナナ園に到着した。グラウンド一つ分くらいのスペースにバナナが何本も植えてある。

 一般的に日本で売られているものより小さく、モンキーバナナくらいのサイズだ。ここではニャンキーバナナかな?


「ここを管理しているのはミニャンたちなんだろう。俺がもらってもいいの?」

「構わないニャ。ミニャンはおおらかだからニャ」

「ありがとう、ブチさん」

「いいニャ、いいニャ。また珍しい食べ物を手に入れたら分けてくれニャ」


 ブチさんにバナナを六房分けてもらってから帰宅した。



 お昼前になってオリヴィアさんが帰ってきた。ドリルがどんよりと垂れ下がり、顔に生気がない。その様子から見て今日も狩りは失敗だとわかった。


「木の幹にウサギの毛がついていましたの。これは巣穴が近いと思って追跡しました」

「追跡って、ウサギの足跡なんてわかるの?」

「身体強化魔法で嗅覚を高めましたの」


ドリルノーズですか……。


「それでついに見つけたのですが……」


 もしかしてまた聖獣?


「そのウサギは懐中時計を見ながら「遅刻だ、遅刻だ!」と慌てて穴に飛び込んでしまいましたの」


 ワオッ! アリス イン ワンダランッ!


「人語を操る聖獣じゃあ狩れませんよね……」

「はい……」


 ここには聖獣以外の動物はいないのかな? こんどブチさんに聞いてみるとしよう。

 お昼ご飯は俺がとってきたバナナのみで済ませた。


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