第16話 島での生活(3)


 マンゴーとクラムチャウダーで朝ご飯を済ませた。


「さて、ご飯も食べたし、タープとテントの組み立てをしてしまおうよ」

「承知しました。力仕事ならお任せくださいませ!」


 よし、ドリルに元気がみなぎってきたぞ。顔色もよくなっている。

 まず二人掛かりでタープを張ることにした。


「最初に布地を広げるよ」

「承知しましたわ。これほど大きな布を扱うのは騎士団の旗を持ったとき以来ですわね」


 そう言えばドリル令嬢はもともと騎士団員だったらしい。言われてみればこのドリルに甲冑はよく似合いそうだ。事情があって辞めてしまったみたいだけど……。


「次は布地にラインを結んでね。こんな風にやるんだよ」

「こうかしら?」

「そうそう、上手だよ」

「紐を結ぶなんて滅多にしたことがないから新鮮ですわ」

「やったことがないの?」

「普段は侍女がしていたので……。やってみたいと言ってもやらせてはもらえませんでしたの。侯爵家の令嬢がそんなことをするものじゃない、と叱られましたわ。靴紐だってこの島に来て初めて自分で結んだくらいですから」


 オリヴィアさんは編み込みのブーツを履いているのだけど、よく見れば蝶結びが歪んでいる。きっとやり方を知らないのだな。後で教えてあげるとしよう。


「他にも禁止されていることはたくさんございましたのよ」


 オリヴィアさんは特別な秘密を打ち明けるといった具合に左右を確認してから声を潜めた。


「これは秘密なのですが、わたくし、どうしても雑巾をしぼってみたくて、隠れてやったことがございますの。不良だと思わないでくださいましね」


 不良は喜んで雑巾をしぼらないと思うけど、偏見か?


「どうでしたか?」

「楽しかったですわ、水が滝のように流れて! でも、力を入れ過ぎて雑巾が裂けてしまいましたの」


 不良としてのスケールは小さいが、パワーは聖戦士か!


「いろいろと不自由があったんだね。せめてこの島にいる間くらいは気ままに暮らしてみたら?」


 そう提案するとオリヴィアさんは雷に打たれたように硬直していた。


「じ、自由に……気……まま……?」

「う、うん。どうせここに人間は俺しかいないし、俺は誰にも喋らないし」


 オリヴィアさんが国に帰ることになっても、俺は島に残るつもりだ。


「……よろしいのでしょうか?」

「なにが?」

「自分のやりたいことを好きにやっても……」

「いいんじゃない? そりゃあ人に迷惑をかける行為はダメだろうけど、そうじゃなければ遠慮することないよ」

「たとえば、裸足で砂浜を歩いても?」


 そう言えばオリヴィアさんが靴を脱いでいるのを一度も見たことがない。俺は平気で海岸を裸足で歩いていたし、波打ち際で遊んだけどね。


「ぜんぜん問題ナッシング! 好きにやればいいって」

「じゃあ、自分でお掃除なんかも?」

「とうぜんです。自分のことは自分でしましょう」

「それでは、大きな声で笑ったり、お腹いっぱい食べたりもしてよろしいのですか?」


 オリヴィアさんはこれまでどれくらい制約された生活をしてきたのだろう? 嬉しいことがあったら大きな声で笑ったっていいじゃないか!


「大いに笑い、大いに食べようよ。この島ならなんでも自由だ」

「は、はい!」


 よしよし、オリヴィアさんが晴れ晴れとした笑顔になっているぞ。


「それじゃあ作業を再開するよ。さっさとタープとテントを張ってしまおう」


 二人で協力してタープとテントを張った。


「これがわたくしたちの家になるのですね。素晴らしいわ!」

「そうだね、しばらくはここが俺たちの住まいだ」

「ええ……」


 うなずきかけたオリヴィアさんが真っ赤になった。


「あ、か、か、勘違いなさないでくださいませ! 私たちの家と言ったのはその、なんというか言葉のあやみたいなものでして、二人が特別な関係という意味ではなく……」

「わかっているってば。オリヴィアさんはニッサル王子に嫁ぐんだろう?」

「そ、そうですわ。ハッフルパイモン家のためにもわたくしは……」

「心配しなくても、もう少しポイントがたまったら俺も自分用のタープとテントを用意するから。同じタープの下で寝るのはそれまで我慢してね」


 そう告げるとオリヴィアさんはなんとも言えない微妙な顔をしていた。

 タープとテントの準備が整うとオリヴィアさんは狩りへ行った。


「今日こそ獲物を捕まえてみせますわ。期待していてくださいましね!」


 ずいぶんと気合が入っていたから本当に獲ってくるかもしれない。そうなるとスキル「下処理のプロ」を獲得しておいた方がいいと思うけど、残っているポイントを使い切るのは不安だった。いったん保留にしておこう。

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