第12話 ミニャン(4)


 教わった場所までくると、すぐにマンゴーの木を発見した。想像していたよりずっと大きく、三十メートルくらいはありそうな大木だ。見上げると俺の拳くらいはある実が鈴なりになっていた。

 それにしても困ったぞ。熟れた実はどれも高いところにあるのだ。手を伸ばしたところで届くような場所じゃない。

 基礎体力向上のスキルで疲れ知らずになっているけど、木登りが得意になるわけじゃないもんな。スキルを極めてレンジャークラスを取得すればいけるのか?

 高枝切りバサミでもあればよかったのだけど、さすがに交換アイテムのカタログにも記載はなかった。

 残存スキルポイントは2あるのだが、さてどうするか……?

 最初に思いついたのはロープをひっかけて取るという方法だった。カタログを見ると五十メートルのパラコードがすぐに見つかった。

 パラコードはナイロン製のロープで耐荷重が二百五十キロもある。テントロープとしても使えるので便利だ。これの先に石や枝を括り付けて、マンゴーに引っ掛けて取ろうと考えたのだ。

 だけど、パラコードを得るための必要ポイントは2だ。ポイントは足りるけど、これでマンゴーが穫れなかったらどうしよう? 

 危険を冒すよりは素直に食料ガチャを二回ひいた方がよっぽどいい気もする。

 それにスキルだって取得したい。次のスキルは『キャンプ飯』でポイントは3必要になる。今日はポイントを溜めて、明日に回したいという打算もあった。

 しばらく悩んでいたら頭上に羽音が響いた。見るとれいの意地悪鳥がマンゴーの枝にとまっているではないか。たしかアルバト族という名前だったはずだ。

「ザーコ、ザーコ!」

 相変わらずいやな鳴き方をするなあ……。

 アルバトは大きくくちばしを開けてこちらに見せつけるようにマンゴーを食べだした。絶対にわかっていてやっているな。


「あ~、美味い!」


 チッ、見せつけやがって。


「おい人間、なにを見ている?」


 クチャクチャと咀嚼音をさせながらアルバトが訊いてくる。ダメもとで頼んでみるか。


「俺もマンゴーが欲しくてさ。よかったら少しとってくれないか?」

「見返りは?」


 そうきたか。


「いまはなんにもないけど、いつかお礼をするよ」

「ふ~ん……。そこに這いつくばって頼めば考えてやるぞ。フフン」


 本当に性格が悪いな! 

 まだまだ切羽詰まった状態じゃないから土下座なんてしたくない。食料ガチャを使えば飢え死にすることはないのだ。

 それに、こいつは「考えてやる」と言ったのだ。取ってやるとはいってない。どうせ土下座をして頼んでも、やっぱりや~めた、とか言うのだろう。こういった手合いは相手にしないのがいちばんだ。


「だったらいいよ」


 そっけなく答えると、アルバトは枝の上で地団太を踏んで悔しがっていた。


「ザーコ、ザーコ! 飢え死にして死んじまえ! せっかく取ってやろうと思ったのにさ。ザーコ、ザーコ!」


 捨て台詞を残してアルバトは飛んで行ってしまった。後には俺と高いところで風に揺れるマンゴーが残された。

 プライドなんて捨てて頼んだ方がよかったかな? 揺れるマンゴーを見ていると心細くなったけどまだ大丈夫だ。命の危険を感じるところまではいっていない。

 さてどうしようかと思案していたら、細い砂利道の向こうから鼻唄が聞こえて、一匹のミニャンが姿を現した。

 先ほどのタマさんとは別の人である。タマさんは茶トラだったけど、今度のは黒と白のブチ模様だ。大きな手提げカゴをもっているから、このミニャンもマンゴーを取りに来たのだろう。


「タマが言ってた漂流者だニャ。なにをしているニャ?」


 ミニャンは人懐っこく話しかけてきた。


「マンゴーを取りに来たんだけど、木登りは苦手なんだ。それで困っているんだよ」

「しょうがないニャ~、ブチが取ってやるニャ」


 ブチさんはブーツを脱ぐとスルスルと木に登っていった。そして、慣れた手つきでカゴにマンゴーを集めるとすぐに戻ってきた。


「カゴか袋をもっているかニャ?」

「あ、これの上においてください」


 ポイントを使いたくなかった俺は、さっき滝つぼで洗ったばかりのTシャツを草の上に広げた。まだ濡れているけどまあいいだろう。

 ブチさんはシャツの上にマンゴーを十二個も置いてくれた。意地悪なアルバトとは大違いだ。


「これくらいあれば足りるかニャ?」

「じゅうぶんだよ、本当にありがとう。このお礼は必ずするからね」

「ニャッハッハッ、お礼なら食べ物がいいニャ。脂の乗った大きな魚だったらなお嬉しいニャ」

「道具とかよりも食べ物の方がいいの?」


 ギアだったらポイントで出せるんだけどなぁ。


「ミニャンは食べることを生きがいにしているニャ。だからウマウマな美味しいものや珍しい食べ物が大好きニャ」


 これはミニャン族の特性らしい。


「わかったよ。手に入れたら持っていくからね」

「オレンジ色の家がブチの家ニャ。期待しないで待っているからニャ!」


 おおらかなブチさんと別れて、俺はベースキャンプの方へ歩き出した。

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