第10話 ミニャン(2)


 森でたきぎを集めて、海岸で火を焚いた。運がよければ近くを通る船が煙に気づいてきてくれるかもしれない。


「さて、次は島の内陸部を調査しよう」

「承知いたしましたわ。ひょっとしたら原住民がいらっしゃるかもしれませんものね」

「うん、それに水や食料も探さなきゃ」

「あら、お水ならたくさんあるじゃないですか」


 ポリタンクの水は夜のうちに補充され、ほぼ満タンじょうたいだ。


「そうだけど、服を洗ったり、体を洗うとしたらぜんぜん足りないだろう?」

「ああ、お洗濯ですわね。経験はございませんが、水が必要ということはわかります」


 洗濯ものを手洗いした経験はないけど、20リットルでは到底足らないことくらいは想像できる。それに、もう二日は風呂にはいっていない。そろそろ水浴びくらいはしたいものだ。臭ったりしないよね?


「というわけで、目標は三つ。人、水源、食料を探すことだ」

「承知いたしました。それでは参りましょう」


 俺たちは元気に出発した。といっても道なんてどこにもない。本来なら茂ったやぶの中を歩くなんて無理なのだが、ツインドリルに不可能はなかった。


「フンスッ!」


 侯爵令嬢らしからぬ気合と共に枝が振り下ろされると道が開けていく。魔法強化された棒切れを振り回しているだけなんだけど、まるで名刀で斬ったみたいに藪が開拓されていくぞ。


「オリヴィアさんの武器強化はすごいなあ」

「オホホッ、これくらい淑女レディーならどうぜんですわ」


 異世界の文化を否定するつもりはない。ここではきっとそうなのだろう……。


「あら……?」


 急に立ち止まったオリヴィアさんが耳に手を当てた。


「どうしたんですか?」

「身体強化で聴力を上げていますの。あちらからせせらぎの音が……」


 ドリルイヤーは地獄耳!? 

 お嬢に任せて進むと、やがてちょろちょろと流れる小川を発見した。


「本当にあった。すごいや、オリヴィアさん」

「うふふ、言ったとおりでしたでしょう? 私、耳には自信がありますの」


 お嬢はしゃがんで小川に手を伸ばした。


「川が見つかったのはいいですが、これでは使えませんわね」


 小川は細く、水量はほとんどない。川幅は手のひらくらいで、深さは指の第一関節くらいまでしかなかった。

 ここで行水ができるのはスズメくらいのものだろう。海沿いを歩いた時に発見できなかったのだから、どこか途中で枯れているにちがいない。


「落胆することはないさ。もう少し上流へいけば水の量は増えるかもしれないよ。水質だってよくなるしね」


 お嬢の顔が明るくなった。


「きっとそうですわ! さすがはキャンパーですね。本当に知識が豊富でいらっしゃいますこと」


 オリヴィアさんは素直で純真だ。髪の毛は曲がりくねっているけど、心は真っ直ぐで猪突猛進だった。


「いきますわよ、アキトさん。いざ、川の上流へ!」


 ずんずんと前を歩くドリルの後を一生懸命ついていった。



 小川を上流へとさかのぼった。最初は草や木が通行を邪魔していたけど、そのうち障害物が少なくなった。水量も徐々に増えている。


「これ、明らかに人の手がはいっているね」


 目の前にはノコギリで切ったような切り株がある。


「きっと人が住んでいるんですわ!」


 喜ぶオリヴィアさんに注意した。


「気を付けて。善人ばかりとは限らないからね」


 敵意むき出しの原住民ばかりとは思わないけど、排他的な人種や、海賊の隠れ家なんてことだって考えられるのだ。


「そうですわね。気を付けてまいりましょう」


 川沿いに小さな道が現れた。これはもう人が住んでいるとみて間違いないだろう。俺とオリヴィアさんはゆっくりとその道をすすんだ。



 森を抜けると小さな集落があった。赤や黄色や緑に塗られた小さな家々が並んでいる。その様子はまるでおとぎの国って感じでとてもかわいらしい。

 でもちょっと待て。この家は小さすぎないか? 平屋だと高さは二メートルくらい、二階建ての家でも四メートルもないほどだ。


「妖精が住んでいるのでしょうか?」


 この世界の住人であるオリヴィアさんも首をかしげているぞ。


「妖精なんているの?」

「書物でしか読んだことはございませんが、ノームという大地の精の脊は、人間の腰丈くらいだそうですわ」


 白雪姫にでてくる七人の小人みたいな感じかな? だったらこのサイズもわかるけど、本当に妖精なんているのかな? そのとき、一軒の扉が開いて住人が姿を現した。

 俺たちも驚いたけど、向こうも目を見開いてこちらを見つめている。その姿は二足歩行をする猫そのものだ。身長は百二十センチくらいで、体毛は茶トラ。シャツやズボンなどをきちんと身に着け、ブーツまで履いている。

 こんな珍しい生き物は見たことがない。はたして言語は通じるのだろうか?


「ち、珍獣ニャ!」


 先に言われた! 

 俺に言わせればそっちが珍獣なんだけどなあ……。ここは愛想よく接してみよう。


「こんにちは。自分たちは人間という種族でして……」

「ああ、君たちは人間だったニャか。タマは取り引きにはいかないから初めて見るニャ。人間のお顔はツルツルだニャ」


 この猫はタマさんという名前のようだ。


「取り引きというと?」

「ふた月に一度くらいの割合で人間の船が来るニャ。島の石と食べ物を交換してくれるニャ。人間が持ってくる食べ物はウマウマだニャ」


 それを聞いて安心した。ここは人間社会とは断絶された完全なる孤島というわけではないようだ。


「君たちも取り引きにきたニャか?」

「そうじゃないんだ。俺たちは船が遭難してしまって、ここに流れ着いたんだよ」


 俺はトンネルを通って来たけど、説明すると長いから今は省略だ。


「ははーん、そういうことニャか。それは大変だったニャ」


 タマという猫はウンウンと頷いている。いい人……猫そうだからいろいろと質問してみよう。


「この島は何というところなの?」

「マーベル島ニャ。聖獣の集う島なんだニャ」

「つまり、タマさんは聖獣なんだね?」

「そうニャ! 我々ミニャン族は聖獣なんだニャ。この島で喋れる種族は大抵聖獣だと考えていいニャ」


 タマさんはグッと胸を張った。


「そう言えば海岸で喋る鳥を見たけど、あれも聖獣?」


 俺のことをザコ呼ばわりした意地悪な鳥のことだ。


「あ、あれは微妙ニャ。まあ、あいつらアルバト族も聖獣の端くれと言えば端くれにゃ。意地悪で嘘つきだけどニャ……」


 聖獣にもいろいろあるらしい。


「この島に俺たち以外の人間はいるのかな?」

「いまはいないニャ。さっきも言ったけど、たまに船がやって来るくらいニャンよ」


 とりあえず待てば人がくると聞いて安心だ。


「船が来れば乗せてもらえるかもしれないね」

「ええ。きっとキャピタル国まで帰りつけるでしょう」


 オリヴィアさんもホッとした顔をしていた。だけど、船がやってくるのはしばらく先のことらしい。それまでは何とか生き延びなければならない。


「タマさん、どこかに水浴びができるような場所がないかな?」

「それならこの集落の北に青の滝があるニャ。きれいな滝つぼで水浴びができるニャよ。お水パシャパシャだニャン」

「滝までは遠い?」

「お鍋のお湯が沸くくらいの時間でいけるニャ」


 五分から十分くらいってことだろう。

 

「あと、どこへいけば食べ物が手に入るかな?」

「島では物々交換が基本ニャ。海で魚を獲ったり、森で果物や獲物を獲ったりして交換するニャンよ。それと、洞窟で光る石を持ってくれば人間が食料と交換してくれるニャンね」

「宝石かな?」

「人間は魔光石って呼んでたニャ。洞窟では珍しい食材も取れるニャ。ただし、洞窟には恐ろしい魔物が出没するから気を付けるニャ」


 詳しい場所を聞くと、洞窟とは俺が通ってきたあのトンネルのことらしい。俺が魔物に遭遇しなかったのはそうとう運がよかったようだ。


「島には果物もたくさん生えているニャンよ。場所を教えてやるから、自分でとって食べるニャ」


 タマさんが去ってしまうとオリヴィアさんと少し話し合った。


「会話ができる相手がいてよかったよね。ミニャン族の家は小さすぎて泊めてもらうわけにはいかなさそうだけど」

「贅沢は言えませんわ。とにかく次の貿易船が来るまで生き延びなければなりませんわね。私が帰らなければレングマン王国に対するハッフルパイモン家のメンツは丸つぶれですから……」

「そんな、嵐による海難事故だろう? 仕方がないじゃないか」


 俺がそう言うとオリヴィアさんは少し悲しそうに笑った。


「貴族の世界ではそう簡単にはいかないのですよ。ニッサル王子は私が逃げたと考えているかもしれません。そのような誤解を与えるわけにはいかないのです」


 ひょっとして、オリヴィアさんはあまり結婚に乗り気じゃないのかな、そんな気がした。そんな気がしたけど、それを言葉にできるほど俺たちはまだ親しくなかった。


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