第6話 スキルとアイテム(2)
そうこうするうちに日が暮れてきた。周囲はまだ明るいけど、暗くなる前にベースキャンプの場所を決めておいた方がいいだろう。暗闇の中では何もできないということを俺は昨晩学んでいる。
「オリヴィアさん、寝る場所を決めておきませんか?」
「今夜は野宿ですわね……」
ピンクのドリルが小さく震えている。深窓の令嬢だから野外で寝た経験なんてないのだ。不安に駆られても仕方がないか……。ここは俺がしっかりしないとな。
「必要なら俺がキャンプグッズを――」
「クククッ、武者震いがいたしますわ。嫁入り前にこんな経験ができますなんて……」
あれ、俺の予想していた反応とは違うぞ。振り向いたドリル令嬢の瞳が爛々と燃えていた。
「旅人は火を焚いて夜を過ごすそうですわね。私たちも焚き火とやらをいたしましょう。今夜は盛大な明かりを灯しますわよ! オーホッホッホッ!」
どうしてそんなに嬉しそうなのだろう? ひょっとして遭難をエンジョイしているのか!? このお嬢、予想外に大物かもしれない……。
「そ、それじゃあ焚きつけになる枝を拾おうか」
「枝? なるほど、焚き火とは枝を燃やすのですね。ちっとも知りませんでしたわ。それでは山ほど集めるといたしましょう!」
知識はないけど、やる気はあるみたいだ。ドリル令嬢はずんずんと森へ向かって歩き出した。
森に入ると薪になりそうな枝はすぐに見つかった。
「見てくださいまし、アキトさん。よさそうな枝を見つけましたわよ! とっても立派ですわ」
ドリル令嬢はぶっとい枯れ枝を片手でブンブンと振り回している。水分が抜けているとはいえかなりの重量がありそうだ。あの細い腕のどこにそんな力があるというのだ? これが聖戦士の力なのか……。
「いかがでして? これなら立派な薪になるとお思いになりませんこと?」
「うん、大きくていいね。だけど、もう少し短くないと燃やしにくいかな」
オリヴィアさんの持つ枝は三メートルを優に超えている。
「あら、そういうものですの?」
「これくらいじゃないと」
俺は手で四十センチくらいの長さを作ってみせた。
「う~ん、これくらいかしら? エイ!」
オリヴィアさんが気軽な感じでチョップをすると、太い枝がスパッと切れていた。
素手で枝を切った!?
「いまのはいったい……?」
「聖戦士の初期スキル『
「はあ……」
ドリル令嬢、超つええええええっ! 異世界のお嬢様ってみんなこんな感じなの!? 嫌いじゃないけど……。
「どうなさいまして?」
「な、なんでもないよ……」
内心の動揺を悟られないようにして枝拾いを続けた。そのときである。
「ギュウウウウウウ……」
低い唸り声を立てながら俺を威嚇する獣が現れた。なんだこれは? 目の前にいるのは体長一メートルを超える巨大な……ネズミ?
見た目はネズミに似ているのだけど、げっ歯類とは思えない凶悪な牙が突き出ている。
「あら、デビルラットですわね」
クリーチャーに動揺することもなく、お嬢は落ち着いたものである。
「ま、魔物?」
「低位の存在とはいえお気をつけなさって。デビルラットに噛まれると傷口が膿んでしまいますから」
オリヴィアさんは手に持っていた枝を構えて俺と魔物の間に入った。
「人に仇なす魔性のものよ、死の国へと旅立ちなさい。フンスッ!」
高速で振り下ろされた枝が巨大ネズミの脳天にヒットする。お嬢の一撃で魔物は塵のようになってしまったぞ! 彼女が持っていた枝も粉々に砕けている。
「申し訳ございません」
不意にオリヴィアさんが頭を下げてきた。
「どうしたの? おかげで助かったんだけど……」
「いえ、せっかくの枝をダメにしてしまいましたもの。スキル『武器強化』をかけていたのですが衝撃に耐えきれなかったようでございます。これもわたくしの未熟さゆえ……」
木片になった枝を見つめて令嬢が肩を落としている。
「あ~、ちょうどいい焚きつけになるから、結果的によかったんじゃないかな」
「焚きつけと申しますと?」
「火が付きやすいように細い枝や枯草が必要なんだよ」
雲が晴れるようにオリヴィアさんの顔に笑顔が広がった。
「さすがはキャンパー、様々な知識をお持ちなのですね。浅学な聖戦士とは大違いですわ!」
お、俺をバカにしている? どう考えてもあんたの方がすごいだろう。
いや、彼女は本当に感心しているようだ。これが世間知らずのお嬢というものか……。
それにしても魔物がいるとは驚いた。ここは本当に剣と魔法の世界のようだ。となると早急に護身術を身につけなければならないな。
スキル「キャンプ道具の応用」を習得すれば、斧、山刀、ハンマーのどれかが上手に使えるようになるみたいだ。
ひょっとしたら戦闘でも役立つかもしれない。習得には4ポイント必要だからまだ先だけど、なるべく早く手に入れたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます