第5話 スキルとアイテム(1)


 島の探索にあたり、とりあえずスキルツリーの『基礎体力向上』にポイントを振ることにした。デスクワークが続いていたので自分の体力にまったく自身がなかったからだ。

 この世界がどういうところであれ体が資本であることはかわらないだろう。取っておいて不利になるということはないはずだ。

 それにオリヴィアさんに情けない姿は見せたくないんだよね。人のお嫁さんになる人とわかっていても格好はつけたかったのだ。だって好みのど真ん中だから……。

 あのドリルに貫かれたい! 

 へんな性癖をこじらせてしまったけど、密かに想うくらいならいいよね?


 ステータスボードを操作して『基礎体力向上』を取得すると、スキルツリーが広がりを見せた。体力系の枝が伸び、新たなスキルが取得可能になっている。


 基礎体力向上の次は、持久力アップ(2)→パワーアップ(3)→瞬発力アップ(4)→レンジャークラス(5)となっている。


 ベーシックスキルの『基礎体力向上』の次は『ベースキャンプの祝福 初級』 → 『免疫力向上』と繋がっていく。


 残りポイントは4あるからいろいろ習得可能だけど、焦りは禁物だ。ソーシャルゲームでポイントの振り方を間違えて、何度泣いたことがあるか。

 とりあえずポイントを使うのはここまでにして、残りはじっくりと様子を見てからだ。


「あら、この岩はなんでしょう?」


 オリヴィアさんが大きな石柱をつついている。それは象牙みたいに白くて、表面がツルツルだった。下の方は砂に埋まっているのだけど、見えている部分だけでも50センチくらいの高さがある。


「自然物にしては目立ちますよね。ひょっとして人工物かな?」

「だとしたらどこかに現地の方がいらっしゃいますわね。その人たちも探しましょう!」


 俺たちは頷きあって出発した。



 海岸を一時間ほど歩いたけど遭難者も住民も見当たらなかった。海岸線は同方向の曲線を描き続けていることからみて、どうやらここは島で間違いない気がする。


「誰もいませんね……」


 ぽつりとつぶやいたらオリヴィアさんに睨まれてしまった。


「マチダさん、簡単に諦めてはいけませんよ。捜索はまだ始まったばかりでございますわ!」


 ドリルお嬢は熱い心をお持ちのようだ。


「諦めたわけじゃないですよ……」


 そうは言ったものの、視界の果てまで続く白い砂浜に文明の気配はない。海の家でかき氷でも、という雰囲気ではなさそうだ。

 日差しの強さに閉口したけど『基礎体力向上』のスキルを習得したおかげで疲労はなかった。

 むしろ日本にいたときの数倍は元気である。これでレンジャークラスでも取得したら、マラソンで砂浜を一周でも余裕な気がする。

 こんなに便利ならどんどんスキルを習得していきたいけど、アイテムも必要になって来るだろうな。特に飲食関係は重要だ。ポイントはバランスを考えながら慎重に使っていくことにしよう。


 結局三時間くらい歩いて、俺たちは元の場所まで戻ってきてしまった。目の前にはさっき見た白い石柱がある。ぐるりと島を一周してしまったのだ。

 歩いた時間から考えて島は一周15キロくらいだろうか? 川や人の痕跡は発見できなかった。


「疲れていませんか? 体力を温存するために木陰に入って休みましょう」


 あきらかに気落ちしているオリヴィアさんを誘った。


「でも、せめて今日中に水を探さないと日干しになってしまいますわ。雨が降る気配もありませんし……」


 空を見上げたオリヴィアさんがまぶしそうに眼を細めた。青い空にピンクのドリルが揺れている。空は快晴で雨雲はどこにもない。

 水の重要性は言われるまでもなく俺も理解している。水なしだと、人間は四~五日で命を落としてしまうこともあるそうだ。

 逆にじゅうぶんな水と睡眠を確保できれば、食べ物がなくても2~3週間は生きていられるとも聞いた。

 生きていくのに清潔な水は非常に大切である。そして俺はそれを用意することができるキャンパーなのだ。


「水は俺がなんとかしますよ」

「マチダさんは水魔法が使えるのですか?」

「いえ、固有スキル『キャンプアイテムの交換』っていうのがありましてね」


 ずっと歩いていたので俺も喉がカラカラだ。ステータスボードを呼び出すと、ポイントを1消費して『20リットルポリタンク(飲料水入り)』と交換した。


「まあ、これがキャンパーのお力!」


 砂地に現れたポリタンクにドリルお嬢が目を丸くしている。


「悪くない力でしょう? そこのコックをひねれば水が出ます。どうぞ遠慮なく飲んでください」


 彼女が飲みやすいように、俺はポリタンクを両手で持ち上げた。


「ありがたく頂戴いたしますわ。ところで……グラスかカップはございませんの?」

「え……」


 ポイントの残りは3あるけど、なるべく浪費はしたくない。ここは手か口で受け止めてもらうとしよう。


「申し訳ないけど、今は直飲みでお願いします」

「しょ、承知しましたわ。こんな状況ですものね、わがままは言っていられませんわ……。初めての経験ですが頑張ってみます」


 物わかりのいいお嬢様で本当に助かるよ。


「それでは……」


ハッフルパイモンさんは恐る恐るといった感じでコックをひねった。と同時に水が流れ落ちる。


「あ、貴重なお水が!」


 叫びながら顔を下げ、口で受け止めるまではよかった。だが、慣れないことをしたせいだろう、彼女はすぐにむせてしまった。


「コホッ、コホッ!」

「大丈夫?」

「グエホッ、ゲエッホ! ウオッホ!」


 うむ、お嬢様らしからぬすごいむせかただ。


「お、お恥ずかしい。ゲホッ! み、見ないでくださいましっ、グエゴッホッ! こ、こんな醜態をさらすだなんて、ウゲッホッ! お嫁に行けなくなってしまいます!」


 まあそれは俺が黙っていればいいだけのことだ。問題はどうやってこの島を脱出するかだと思う。そうでなければお嫁も何もあったもんじゃない。


「俺は忘れっぽいたちなんです。オリヴィアさんのせき込む姿なんて一晩寝れば忘れてしまいますよ」

「本当に? グエッ!」


 悪いことをしたな。こんなことならポイントをもう1つ消費してシェラカップを出してあげればよかったと反省した。

 シェラカップっていうのは金属製のカップで、直火に掛けて鍋としても使える便利な器具だ。

 オリヴィアさんが飲み終わったので俺も水を飲んだ。

 うん、悪くない。ペットボトルに入っている普通の飲料水と同じ味がする。しかもこのポリタンクのすごいところは水が自動で補給されることだ。

 1リットル当たり十五分が必要なんだけど、それでもすごいと思わない? さすがは魔法の世界だけある。


 のどを潤した俺たちは、日陰になった砂地に座ってぼんやりと海を眺めた。満足のため息をつきながらオリヴィアさんが話しかけてくる。


「でもびっくりしましたわ。なにもないところから突然お水の入った容器が現れるんですもの。私はてっきり次元収納のスキルをお持ちかと勘違いしてしまいました」


 次元の狭間に物を置いておける力のことだな。


「これは違いますよ。あ、でも、キャンパーのスキルを極めていくと次元収納のスキルも習得できるみたいです。まあ、先の話ですけど」

「はあっ!? な、なにを言ってらっしゃるの? 次元収納のスキルを持つ人なんて十万人に一人ですよ。我が騎士団だってわざわざ外国から次元収納のスキル持ちをスカウトしてきたくらいで……」

「え、オリビアさんは騎士団に所属しているんですか?」


 そう質問すると、途端にオリヴィアさんの表情が曇った。ドリルも心なしか力なく垂れ下がってしまった気がする。


「い、いえ、わたくしはもう……」


 あまり触れてほしくない話題なのかな? 

 オリヴィアさんは辛そうに視線を逸らしてしまったので、俺はあえて違う話題をふった。


「そうそう、キャンプアイテムの交換は水だけじゃないですよ」

「え?」

「食料や様々な道具ギアとも交換が可能なんです。まあ、交換にはスキルポイントが必要なのでホイホイと手に入れられるわけじゃないんですけどね」


 俺を見つめるオリヴィアさんの目が大きく見開かれている。


「どうしたんですか?」

「キャンパーと言うジョブはすごい能力をお持ちなのですね。私は世間知らずではございますが、ジョブに関しては書物で勉強しましたの。でも、そんな能力は聞いたことがございませんわ!」


 それを聞いて俄然やる気になってきた。特別な能力ってやっぱりうれしいよね!


「ポイントが貯まらないと何もできませんが、二人で協力してこの難局を乗り切りましょう!」

「ええ! そうだ、マチダさん、わたくしとお友だちになっていただけませんか?」

「もちろんですよ。俺のことはアキトと呼んでください」


 魔物がいるような島だけど、俺の心はやる気に満ちていた。

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