第3話 キャンパー(2)

「ドリルとはなんでしょうか?」


 眉間にしわを寄せた美少女が質問してくる。

 年齢は18歳くらいだろうか? 

 簡素ながら品の良い白いワンピースがよく似合っている。

「し、失礼! まさか人がいるとは思わず、気が動転してわけのわからないことを口走りました」


 慌てて取り繕うと目の前の少女はにっこりと微笑んだ。 

「あんなことがあった後ですもの、少々変になっていてもおかしくはありませんわね。私も他の生存者がいてホッとしておりますわ」

「あんなこと……?」

「覚えていらっしゃらないの? 嵐で船が難破しましてよ。あなたも乗っていらしたのでしょう? それともこの島の方?」

「……」

「私はなんとか走ってここまで来たのです。あなたもそうではなくって?」


 走って? 海の上をか? 

 言っていることがよくわからない。


「いえ、俺は洞窟を通ってここにきたんです」


 事情を説明したけど、目の前の女の子はよく呑み込めていないようだった。まあ仕方がない、俺だってよくわからないのだ。


 美少女は一つ息をつくと、気を取り直したように笑顔になった。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はオリヴィア・ハッフルパイモン。ハッフルパイモン侯爵家の長女ですわ」

町田秋人まちだあきとです」

「聞きなれない響きのお名前ですわね。見た感じからして外国の方なのでしょう。お国はどちらからですか?」

「に、日本といいます……」

「ごめんなさい。浅学にして存じ上げませんわ」


 オリヴィアさんは申し訳なさそうに頭を下げた。侯爵令嬢というからには相当なお嬢様なんだろうけど優しい性格をしているようだ。


「それにしても困ったことになりましたね」


 困ったどころの話じゃないだろう。うら若い娘さんが漂流しているのだ。平静でいられる方がおかしいくらいだぞ。


「オリヴィアさん、この島がどこら辺にあるのかご存知ですか?」

「現在地はわかりませんわ。私はキャピタル王国から、レングマン王国のニッサル王子へ嫁ぐ旅の途中でしたの」


 うん、全然知らない名前のオンパレードである。これはもう異世界へ来たことで間違いなさそうだ。って、待てよ。お約束のあれはどうなった!?


「そ、そんなバカな! 異世界名物、神様にチートスキルをもらうシーンなんてなかったぞ!」


あたふたとしだした俺をオリヴィアさんは哀れな民でも見るように宥めた。


「マチダさん、少し落ち着きになって。漂流したとはいえ命は助かったのです。とにかく他の生存者を探しましょう」

「そ、そうですね。失礼しました」


 俺より年下の女の子が冷静でいる姿を見て少し恥ずかしくなった。


「ところでマチダさん、貴方のジョブは?」

「え? 業務用スーパーを展開している企業に勤めています」

「業務用スーパー?」

「あ~……いろんなものを売っているお店ですよ」

「そういうことではなく、固有ジョブとスキルを教えていただきたいのです。ご自分のスキルを他人に教えるのは気が進まないかもしれませんが、このような事態ですもの」


 ジョブ? スキル? なんだかゲームみたいな単語が出てきたぞ。ますます異世界っぽい。


「あなたのジョブを聞くだけでは不平等ですから、私もお教えいたしますわ。私のジョブは聖戦士ですの。ご存じのとおり肉体強化系のスキルが中心ですわ。ただ淑女レディーのたしなみとしてダンスや歌、楽器などのスキルも持っておりますわ」

「はあ……」


 つまり目の前にいるのは脳筋ドリルレディー……、そういう認識でいいのだろうか? 嫌いじゃない……。


「それで、貴方は?」

「ジョブとかスキルを教えろと言われましても……」

「恥ずかしがらずにおっしゃってくださいませ。私、ジョブで人間を差別したりなどいたしませんことよ」

「そう言われてもよくわからないです」

「ステータスを見ればご自分の職業やスキルを調べることができますでしょう?」

「どうやって?」


 そう質問するとたいそう驚かれた。


「ひょっとしてステータスをご存じない?」

「外国人なので……」


 苦しい言い訳かと思ったけど、オリヴィアさんは納得したようだ。


「そうことでしたか。きっとお国ではジョブとスキルの知識が広まっていないのですね。ステータスを調べるのは簡単ですのよ。マチダさんもぜひやってみてくださいませ」


 ステータスを確認するには人差し指と中指で額を押さえ、「ステータス・オープン」と唱えるだけでよいそうだ。

 異世界人の俺にもジョブやスキルなんてものがあるのかな? 

 いやいや、きっとチート級のジョブやスキルがあるんじゃないのか? だとしたらウハウハなんだけど……。期待と不安に揺られながら、俺は額に指をつける。そして――。


「ステータス・オープン」


 突如として光るボードが俺の眼前に現れた。

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