第2話 キャンパー(1)


 目を覚ますと森の中だった。あちらこちらをやぶ蚊に刺されたようで全身が痒い。まったく昨日からひどい目に遭い続けである。それでもよく寝たせいか、ショート寸前だった思考回路は正常に戻っていた。

 昨夜入ったトンネルは中でいくつも分岐していた。しかも、途中から未舗装になってしまい、トンネルというよりは洞窟と呼んだ方が正しい代物に変化していたのだ。暗くて気がつかなかっただけで、実は鉱山か何かだったのだろうか?

 すぐに引き返そうとしたのだけど、どういうわけか道がわからなくなってしまった。結局、何時間もさまよって、何とか外に出られたという次第だ。

 トンネルから出たはいいけど、そこはやっぱり森で、さんざん歩いた挙句、帰ることを諦め、俺は道端で眠りこけて今に至っている。頭はすっきりしているが腹が減った。どこかにコンビニでもないだろうか?

 周囲を見回すが木や草ばかりで道すら見えない。我ながら、よくもまあこんなところを歩いてきたものだ。もし転んで足をくじいていたら取り返しのつかないことになってしまっただろうに。もう少し慎重に行動しないとな。

 おや、波の音が聞こえるぞ! 海が近いのだろう。とりあえずそちらの方へ行ってみるとしよう。


 数分も歩くと森が切れて砂浜が広がっていた。

「うわあ……」

 感嘆詞以外の言葉が続かなかった。俺の目の前には白い砂浜が広がり、太陽の光を受けてエメラルドグリーンの海が輝いている。俺が描く楽園のイメージそのものだ。

 あまりの美しさに言葉を失った俺はその場に座り込んでしばらく海を眺めた。

「きれいだな……」

 透き通る水が凪ぐ海は遠浅で、魚が泳いでいる姿がよく見えた。海の底では色とりどりのサンゴが揺れている。こんな海は家の近所にはないはずだ。いったい俺はどこまでやってきたのだろう? 

「そろそろ始業の時間だよな……」

 スマートフォンの充電はとっくに切れていて正確な時間はわからない。ただ太陽は高い位置にあるので、出社予定だった七時半を越えているのは確実だ。

「もう、どうしようもないか……」

 今からではどう頑張っても家にたどり着けるのは昼前だろう。上司からお叱りを受けるかもしれないが、ときにはあきらめも肝心だ。腹を括るとスッと気持ちが楽になり、すべてがどうでもよくなった。

「んーっ!」

 大きく伸びをして軽く肩を回す。なんだか晴れ晴れとした気持ちになってきたぞ。腹も減ったし、とりあえず食べ物を探すとしよう。海岸沿いを歩いていけば、そのうち集落にぶつかるはずだ。

 立ち上がると、岩の上にいる三羽の鳥と目が合った。白い身体で羽の先が黒くなっている鳥だ。

「え……?」

 ちょっと待て。あいつら、服を着ていないか!? 

 うん、体にベストのようなものを纏っているぞ。それに鳥にしてはサイズが大きすぎる。立ち姿は一メートルくらい、広げた翼は二メートルくらいありそうだ。

 やけに人間臭い顔をしているけど、太い眉毛があるからだな。目つきは意地悪そうで、性格の悪さがにじみ出ている気がする。そいつが俺を見つめながらくちばしを開いた。

「ザーコ! ザーコ!」

 バカにされた!? 嫌な鳴き方をする鳥だなあ。恐怖もあって、その場を動けずに眺めていると、巨大な鳥はまたくちばしを開いた。

「ザーコ! 童貞野郎が何を見ていやがる?」

 今度は喋った!? しかもディスられた!!

「えっ? えっ? あれ? どう……なって……」

 今、目の前の鳥が喋ったよな? でも日本語じゃなかったぞ。それなのに俺、理解している! 混乱に拍車がかかった俺は思わず鳥に話しかけていた。

「あ、あの、教えてほしいんですけど、ここはどこですか?」

「……」

 鳥たちは無言で俺を睨み返してきた。他人を拒否する圧力がすごいけど、俺も必死だ。

「教えてください! ここはどこなんですか?」

「自分で調べろ、ザーコ!」

 吐き捨てるように言って、鳥たちは翼を広げて飛んで行ってしまった。青い空に消えていく飛影を目で追いながら、何となく理解した。たぶん……ここは日本じゃない。ひょっとしたら異世界かも……、と。

「もし……」

 不意に後ろから声をかけられ、俺は大きく飛びのいた。

 さっきの鳥が戻ってきたのか? だが、慌てて振り向いた俺の視界に入ってきたのは、予想もしなかったものだった。

「ピンクのドリル!?」

 いや、違う。これはドリルヘアー。つまり縦ロールの髪の毛だ。

 全体は金髪なのだが、先端だけピンク色のドリルが二本、俺の目の前で揺れている。

 その真ん中にあるのは……美少女の困惑した顔だった。

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