06


     *


 流美ちゃんはツッパっているけど、ホントはやさしくておとなしい子なんだ。それはワタシだけが知っている。

 流美ちゃんが変わったのは小学校の中学年、新しいお義父とうさんが来てからだ。

 お義父とうさんはお酒を飲むとお母さんに暴力を振るった。

 流美ちゃんが拳法を習ったのはそのせいだ。

 事情を知った道場のお姉さんが、タダで教えてくれたそうだ。ケンカ拳法だって言ってた。

 稽古に明け暮れて、中三の頃にはお義父さんに負けなくなった。そうやってお母さんをまもった。

 町の不良と懇意になって自分の家を溜り場にしたのは、お義父さんを追い出すためだ。籍の入っていないお義父さんは、居づらくなって家を出た。以来、二度と戻って来ないように、流美ちゃんはずっと悪ぶっている。

 高校へ入ると、流美ちゃんはワタシと口をきかなくなった。キャラを通すためだ。そうワタシは思っている。

 同じ中学から来たのは数人だけだから、流美ちゃんとワタシが友だちだったなんて、ほとんどの人が知らない――

 あ。

 友だち、と思う自分に気づいた。

 過去形になったことが悲しい……

 机の上にノートが開いてある。スタンドの光に白く照らされた紙面には、縦横斜めに一つの名前がひしめいている。

 麻緒 光治

 この名前をいくつ書いたろう。

 麻緒くん。

 学年トップをワタシと争う人。

 いたずら好きでちょっとダークだけど、カンジのいい男子だとは思っていた。

 それが、こんなふうになるなんて。

 今日の屋上のこと。あの告白はホントなんだ。

 ワタシは予想外のことに動転した……

 何にでも積極的な流美ちゃんが一緒にコーヒー飲んだところで、カップルが成立しているとはかぎらない。

 麻緒くん、屋上で流美ちゃんの友だちに笑われたかな。ワタシが相手だったから。ワタシ、ああいうシーンじゃ絵にならない。ヒロインになんかなれない。

 マフラー預けてきちゃった。どうでもいいけど……

 卓上ミラーをのぞく。もう何度目かわからない。

 前髪を分けたり、右へやったり左へやったり、ひっつめたり、あかんべえをしたり。これほど鏡と対話したことはない。

 この顔のどこに彼は惹かれたのだろう。その答を探している。

 唇を突き出して、キスの表情をつくってみた。

 鏡の中から、寄り目気味のひょっとこが見返す。

 なるほど、キスは目を閉じてするものだ。

 二階の窓の外、部屋の明りに浮いた小さな闇に、雪がうるさいくらい舞っていた。

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