15話 愛情表現
ーー何て言えばいい?
俺の一言で恵美の意識は一気に離婚へと向くかもしれない。間違えばまた苦悩する日々に逆戻りだ。
けれど、恵美はどんな気持ちで言ったのか分からない。ただの気の迷いか、それとも智貴の行動を何かしら怪しんでいるのか、どちらか気になるところだ。
(けど、ここで悩んでいる暇はない!!)
この好機、やすやす見過ごすわけにはいかない。恵美が離婚を考え踏み切れないのであれば、俺が背中を押してやりたい。
「ぼくは、ママとふたりでもいいよ」
「颯太」
恵美の目がやっと俺に向けられた。
「だってぼく、ママがいればいいもん」
俺は満面の笑みを浮かべて言う。すると、初めは驚いていた恵美がうっすらと涙を浮かべた。
「颯太、ママとふたりになってもいいの?」
「うん!!」
「颯太……ありがとう」
恵美が泣きながら笑みを浮かべる。そして、ぎゅっと俺を抱き締めた。
「ママ、頑張るから」
決意に似たその言葉に俺は頷く。そして、頼りない小さな手を伸ばし、恵美の背中を擦った。
(大丈夫だ、恵美……お前は立派な母親だ。あんなやつのために我慢をする必要なんてないんだ)
「よーし! ママ元気出てきたぞ!」
顔を上げた恵美の瞳にはもう涙はない。俺の好きな笑顔の恵美だ。
「元気が出たらお腹空いてきちゃった。食べようか」
作ってきたお弁当箱を開く。そこには唐揚げや卵焼き、そしていろんな工夫がされたおにぎりが敷き詰められていた。くまやねこの顔が海苔で表現された可愛らしいおにぎり。俺はひとつ手に取る。
「……おいしい」
無意識に口から溢れる。
かつて、直子の手作り弁当を当たり前のように持って会社へ行っていた。食べても、なんの感情も湧いてこなかった。美味しいとは思っていても、それを口にすることもなく、感謝することもなくただ食べ続けていた。けれど、恵美が毎日一生懸命作っている姿を見てきたからか、久しぶりに口にした手作り弁当があまりにも美味しく感じられる。そして、恵美と直子に対しての感謝の気持ちが溢れ出した。
「すごくおいしい……ママ、ありがとう」
「そんなに喜んでもらえたならママ頑張った甲斐があったよ」
改めて俺は自分の生き方は間違いだらけだったと再確認した。
(俺が颯太の身体にいられるうちは……恵美にも直子にも償いをしていかなきゃならない)
ーーたとえ、俺自身の言葉で言えなかったとしても颯太の口を借りてできるだけの感謝を伝えていこう。
そう心に刻んだのだった。
帰宅後、恵美は何やら誰かと電話をし始めた。
「すみません、ご相談したいことがあるんですが……」
誰だろうと気にはなったが、俺はひどい睡魔に取り付かれしまい、そのままお昼寝布団へと向かう。
(もう少し体力をつけなければ……)
そう考えながら、俺は深い夢の中へと落ちていった。
翌日、俺は再び直子の家へと来ている。
「お母さん、ごめんね。しばらくお願いすることになっちゃうんだけど」
「いいのよいいのよ。わたしも颯太くんと一緒に過ごせるなんて嬉しいし」
どうやら俺は直子に預けられるらしい。
昨日、俺が昼寝から起きると恵美はいつも通り家事をこなし、いつものように智貴の世話をしていた。なにかしら行動を起こすのではないかと見守っていたのだが、昨夜はその素振りもなく終わってしまった。
(恵美はどうするつもりなんだろうか)
そんな疑問が過るも、それを口にするわけにはいかない。
(ただ見守っているっていうのも歯痒くてじれったい)
「颯太」
恵美が俺の前でしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。
「ちょっとママやることがあるから、いい子にしてばあばといるんだよ」
「ママ、どこ行くの? すぐに帰ってくるの?」
探りを入れるため、俺はあえて自然な質問を投げ掛ける。
「お昼には戻ってくるよ。ちょっと難しいお話をしてくるから颯太は連れていけないんだ」
もしかしたら、仕事の面接にでも行くのだろうか。
俺は直感的にそう感じた。預ける場所がないから直子に頼ったのかもしれない。
(それなら俺も快く協力しなくてはいかんな!)
「まかせて! ぼく、いい子にして待ってるから」
「あらまー、頼もしいね。颯太くんは立派な男の子だね」
直子が大袈裟なほどに俺を褒め称える。
「颯太、ありがとう」
恵美も嬉しそうに俺を抱き締めた。親子の包容には違いないが、俺はまだこれには慣れない。
子供の恵美すら小恥ずかしくて出来なかった。それがいい年齢になって、こうして娘と触れ合うことになるとは前の俺には想像もつかない。
「大好きだよ」
恵美は素直に颯太への愛を伝えてくれる。
(……俺ももっと愛情を伝えていたら、恵美とは違う親子関係を築けていたんだろうか?)
恵美の行動、言動に俺は幾度となく過去を後悔した。
きっとまだまだ俺の後悔は続くのかもしれない。だけど、それを埋めるように俺も颯太として愛を伝えていこう。
「ぼくもママがだいすき!!」
大好きだ、恵美。いくつになっても、お前は俺の愛しい娘だ。
そう伝えるように、俺は力一杯恵美を抱き締めた。
恵美の匂いがする。ただ、やはり娘の胸元に顔を埋めるのはまだまだ慣れない。
「颯太、顔が赤いよ?」
「え? 熱っ!?」
恵美が慌てたように額に自分のおでこをくっつける。
「熱はないみたい」
「なんでもないもん!」
俺は逃げるように靴を脱ぎ捨て、リビングへと駆け出した。
「あらあら、あの子照れてるのかしら?」
「なら、わたし行ってくるね」
「気を付けてね」
恵美はバイバイと、俺に手を振る。
どこか心配そうな眼差しで見つめてくる恵美に俺は笑顔で手を振り返した。
「いってらっしゃい、ママ!!」
ーー心配するな。お前がどんな選択をしても俺も颯太も直子もお前の味方だ!!
そう心の中で叫んだ。
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