14話 ゴールデンウィーク
日中は恵美の目を盗んでテレビ番組で離婚についての勉強、みんなが寝静まった夜中には智貴のスマホチェック。証拠を残すために子供部屋にあった子供用カメラを使って浮気相手とのやり取りを写真として残した。
前に実家から持ち帰った俺のガラゲーは残念ながらまだ充電できていない。恵美の家に置いてあるあらゆるケーブルを試したが、どれもガラゲーには合わなかった。なので、俺のことは後回しにしている。
今は少しでも多くの証拠を残す必要があった。夜な夜な、俺は日々の恵美に対する智貴の暴言をらくがき帳に書いた。
そんな日々が続く中、カレンダーは5月に変わり、世の中はゴールデンウィークの話題で盛り上がり始める。
「ゴールデンウィーク、家族でどこかへ行かない?」
こんなろくでもない旦那にわずかな期待を抱いて提案をする恵美に俺は切なくなった。だって、どうせ返ってくる返事は決まっている。
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、ゴールデンウィークは地元の友達と会う約束してるから居ないよ」
「え? 地元の友達?」
「そう、高校の同級生と久しぶりに集まろうって話になったからさ。ゴールデンウィークの間は実家に帰るから、そのつもりでよろしく……ああ、お前と颯太は来なくていいから。ふたりで好きに過ごせばいいよ」
「そんなっ……」
恵美が言い返そうとすると不機嫌そうに舌打ちをした智貴を俺は無言で睨み付けた。
俺は知っている。ゴールデンウィーク中は浮気相手とお泊まりデートをする予定なのだ。何日か前のSNSのやり取りで一緒に過ごす約束をしていたのを見ていたため知っていた。
(……本当に性根の腐った男だ)
「どうせ颯太とどこか行くっていっても動物園とか公園とかだろ? 正直、そんな子供じみた場所行っても俺はつまらないんだよ。だったら、お互い別々に好きなことをして過ごした方が合理的だろ?」
「合理的って……あなたは颯太の父親なんだよ? 颯太と一緒に過ごしたいとかって思わないの?」
智貴が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「別に今じゃなくても良くない? 颯太がもう少し俺と意思疏通ができるようになってからの方が出来ることも行ける場所も増えるだろ。その時だったら俺だって考えてやるよ」
もうこの話はおしまいと、かっての話を切り上げてしまう智貴を恵美は無言で見つめていた。
俺はなんて言葉を掛けてよいのか分からず、ただ恵美の隣に寄り添う。
(早く……なんとかして恵美をこいつから解放させないと)
俺だって褒められた父親ではなかった。けれど、こいつは比べ物にならないぐらいのクズだ。
こんな亭主関白を気取ったモラハラ野郎とはきっぱり縁を切るべきだ。そう思うも、なかなかいい突破口がない。
やるせない思いを抱きながら、とうとうゴールデンウィークを迎える。
智貴は数日分の着替えを旅行バックに詰め、ご機嫌な様子で朝早くから出掛けていった。
「颯太、わたし達は公園でピクニックにでも行こうか」
恵美はいつもと変わらない様子でお弁当を作り始める。空元気であるのは直ぐに察した。
「ママ……あのね」
「ん?」
もうパパと別れていいよ、と言いたくなる。
「ううん、なんでもない!」
だが、3才の颯太がそれを言うのはおかしい話だ。颯太が小学生くらいだったらもっとやりようもあったかもしれないが、たかが3才児にできることは少ない。
(何も出来ないのがもどかしい……証拠は集まっても、それを活かすことが出来ないんじゃ無意味だ)
最近は悔しさに胸が押し潰されそうになる。
お弁当の準備をしている恵美の様子を見ながら、俺は自分の不甲斐なさを痛感した。
「さあ、これで準備できた!」
お弁当と水筒、ピクニックに必要なものをリュックに詰め込み、恵美と俺はふたりきりのピクニックへと出掛ける。
恵美が連れていってくれたのはいつもの近所の公園ではなく、アスレチックがたくさんある隣町にある大きな遊び場だった。先月新しくできたところのようで、ゴールデンウィークともあって多くの家族連れが集まっている。
「よし! 颯太、たくさん遊ぼう!!」
「うん!!!!」
ここで俺は大人だからと変なプライドを出したら恵美にガッカリさせてしまう。だから、できるだけ子供らしく、颯太を演じながら様々なアスレチックで遊んだ。恵美と走り回ったり、水遊びをしたり、いつしか俺は心の底から楽しんでいた気がする。それはきっと、俺と遊んでいる間は恵美がずっと笑顔を絶やさなかったからだろう。ずっと娘には笑顔でいてほしいと願いながら、俺は精一杯できることをした。
「もうお昼だね。颯太、お腹空いたでしょ?」
「う、うん」
お腹は確かに空いた。もう時計は正午を過ぎている。しかし、慣れないアスレチックで遊んだり、半日走り回ったせいで息も絶え絶えだった。いくら身体が子供だからといって疲労を感じないわけではない。
(くそ、少し張り切りすぎたか)
恵美が汗だくの俺の顔をおしぼりで拭いてくれる。ひんやりと冷たいタオルが火照った体温を下げてくれた。
「お茶飲みなさい」
水筒を手渡され、俺は一気に飲み干す。
「いきかえるー」
まるで一仕事を終えてビールを飲んだような気分になった。
「颯太、そんな言葉どこで覚えたの? まるでおじさんみたい」
「あっ……へへっ」
しまったと思いながら笑ってごまかすと、恵美はおかしそうに笑った。
(良かった。怪しまれてない……気を付けないと)
すると、恵美の顔からすっと笑顔が消える。目線は俺を向いておらず、違う何かを見つめていた。
俺は恵美の目線を追って振り替える。
(そうだよな……今日はゴールデンウィークなのにな)
俺の目にも映る楽しげに過ごす他の家族。母と父が楽しげに子供と会話しながらお弁当を食べている。
(恵美だって本当はこうしたかったんだよな)
「颯太」
恵美の声にはっと目線を戻した。恵美の目線はまだ俺を見ていない。
「これからずっとママとふたりきりでいるとしたら颯太は悲しい? パパと離れるのは嫌かな?」
きっと颯太は理解できないだろうとダメもとで発した言葉。
だが、俺にとっては好機だった。
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