第4話 ここに居る

翌日の朝7時半。

普段ならとっくに起きている時間だが、美咲はまだ布団を被っている。


「今日は学校を休みたい…。」


かすれた声で鼻をすすりながら美咲は言った。


葉子は「昨日はあんな事があったものね…。」と言って、学校を休む事を了承した。


「学校には“体調不良で休みます”って連絡するわ。今日はゆっくり休みなさい。」


葉子はそう言って心配そうな顔で美咲の部屋のドアを閉めた。


昨日あの後、トイレから戻ってきた葉子が泣いている美咲を見て絶句した。


「どうしたの?」とたずねるも美咲は黙ったまま泣いていた。


葉子は貴司を睨みつけた後、「とりあえず今日はもう帰りましょう。」と言って美咲の肩を抱いて店を後にした。


美咲が葉子に泣いていた理由を話したのは、家に着いてしばらく経ってからだった。


「なんて無神経な…。」


葉子は貴司が美咲に言った言葉を聞いて驚いた。


そして夜中まで美咲を慰めていたのだ。


朝8時。

葉子はパートに行くため家を出た。

家には美咲1人。


美咲はおもむろにスマホを手にし、SNS『囁き』のアプリを開く。


表示されたタイムラインから『wakana_0904』の投稿を見つけてアイコンをタップする。


そう、若菜のアカウントである。


アカウントは鍵アカだが、美咲のスマホには『wakana_0904』のページがしっかりと表示されている。


美咲は若菜のアカウントをフォローしているのだ。


去年、貴司の家の監視をし始めてからしばらく経った頃、美咲はこの家族の様子をもっと知りたくなっていた。


“家の中はどんな感じだろう…。”


“休日には家族で何処に出掛けているんだろう…。”


そして、“いつになったら夫婦仲が悪くなるんだろう…。”


美咲はSNSに若菜のアカウントが無いか調べることにした。


ユーザー検索で若菜の名前と誕生日を入れて検索してみると、見事にアカウントが見つかった。


なぜ若菜の誕生日を知っているかというと、葉子が興信所で若菜について調査を依頼した際に受け取った調査結果に記載されていたからである。


しかしアカウントには鍵がかかっており、フォローしていない状態では投稿を見る事は出来ない。


だが、プロフィールに書かれている最初の数行だけは見える仕様になっている。


プロフィールには『*趣味/映画鑑賞*』と記載されていた。


そこで美咲は新しくアカウントを作り、新作映画の感想や映画DVDを観た感想等を中心に投稿を積み重ねていった。


もちろん頻繁に映画を観に行く余裕など無いため、ネットで他人の感想を調べ、それらを元に自分で観たかのように感想を書いて投稿していった。


3ヶ月ほど投稿を積み重ね、どう見ても“映画好きのアカウント”に育ったところで、『wakana_0904』にフォローリクエストを送ってみた。


すると数時間後には申請が通り、『wakana_0904』のアカウントが見れるようになったのだ。


美咲は若菜の昨日の投稿をチェックし始めた。


すると美咲は気になる投稿を見つける。


『貴司め!何やってんのよ、もうヽ( `皿´ )ノ』


美咲は、ついに貴司と若菜の夫婦仲が悪くなったのかと思い胸が高鳴った。


さらに、この投稿に寄せられたコメントも開いて見てみる。


『わかな、どうしたー?明日暇だし、良かったら話聞くよー?(*´-`)』


どうやらリア友からのコメントのようだ。

コメントに対し若菜は、


『本当?!ありがとう(´;ω;`)明日の11時頃とか空いてる??』


と返している。

そして友達は、


『空いてるよー!じゃあ11時に喫茶モミジで(^_^)v』


とコメントし、会話は終了している。


美咲はなんだかソワソワしてきた。


“お父さんとあの女がついに喧嘩したみたい!!もしかして別れるかも!?”


気が付けば美咲は出掛ける準備を済ませていた。


もちろん若菜の話を盗み聞きしに行くためである。


スマホで『喫茶モミジ』の場所と行き方を確認し、落ち着きなく家を出る。


自然と足早になっていく。


10時45分頃、『喫茶モミジ』の近くまで辿り着いた。


少し距離を取りながら外で待っていると、先に若菜がやってきてお店の中に入った。


窓から若菜が着席した事を確認し、美咲も中に入る。


「1名様ですね。お好きなお席へどうぞ。」


店員の言葉を聞き、美咲は若菜のすぐ後ろの席に座った。


“ここなら話がよく聞こえるはず!”


11時を少し過ぎた頃、友達の女性が息を切らしながらやってきた。


「ごめんね、待った?」

「ううん、私もさっき来たばっかり。」


2人は共にホットコーヒーを注文した。


「それで、どうしたの?何かあった?」


友達が若菜に話をふる。


「それがさぁ、酷いのよ。元嫁の娘!!」


若菜から発せられた意外な言葉に、美咲は驚き青ざめた。


“元嫁の娘って…私の事…?”


美咲の頭は混乱した。


美咲や葉子が若菜に腹を立てるのは当然だ。


しかし、若菜が美咲に腹を立てる事などあるのだろうか。


若菜は美咲と葉子の幸せを奪った人間。


美咲と葉子には“申し訳ない”と思うのが普通ではないのか?


美咲が混乱している中、若菜が話を続ける。


「もう高2のくせに、まだ貴司と会いたいって言うんだって!信じらんない。貴司の貴重な休日の時間を、元嫁の娘なんかに取られちゃうなんて…。浩平なんてまだ低学年だよ?浩平と遊んでほしいじゃん?!だから昨日、“もう会いたくない”ってハッキリ伝えろって

貴司に言ったの。それなのに貴司のヤツ言えなかったみたいでさぁ!」


美咲は怒りで小刻みに震えだした。


“私が低学年の時にお父さんを奪ったのはお前じゃないか!!”


美咲の目から涙がこぼれ落ちた。


「しかも“養育費”とか言って毎月4万も取られるしさぁ、意味分かんない。慰謝料も払ったのに、どんだけたかって来るのって感じ!!」


“止めろ!もう止めろ!!”


美咲は拳を握りしめ、涙が出る目をギュっとつむった。


「毎月4万だよ!?本当、元嫁の娘さぁ…死んでくれないかなぁ!?」


若菜が言い終えた次の瞬間、美咲の中で何かが崩れた。


その後の事は記憶が曖昧だ。


美咲は店に飾られている鉄製の猫の置物を両手で掴み、後ろから渾身の力を込めて若菜の頭に振り下ろした。


ズシッと鈍い音がした。


「お前が死ね!!お前が死ね!!」


美咲はそう叫びながら殴り続けた。


何度も、何度も…。


そして、ふと我に返った美咲は手を止め、息を切らしながら床に崩れ落ち、そのまま動けなくなった。


美咲の意識が朦朧としていく…。


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