第2話 美咲の回想
小さい頃は幸せだった。
お母さんがいて、お父さんもいて…。
お母さんは私が幼稚園に通っている間は専業主婦だった。
私が小学生になってからは、時々パートには出ていたけれど、私が帰ってくる頃には家に居てくれた。
お母さんが作ってくれるご飯はすごく美味しかった。
カレーライス、ハンバーグ、ホワイトシチューにオムライス…。
お父さんはいつも7時頃には帰ってきて、皆で一緒にご飯を食べてた。
お父さんもお母さんも私も、いつも笑顔だった…。
私達家族から笑顔が消えたのは、私が8歳の頃。
何故だか分からないけれど、お父さんが急によそよそしくなった。
帰る時間が遅くなる事が増えて、帰ってきてもすぐに自分の部屋に行ってしまって、一緒にご飯を食べなくなってしまった…。
休日は行き先も告げずに朝から1人で出掛けてしまう。
私もお母さんも戸惑った。
お母さんは「何か気に入らない事があったのなら教えて。謝るから。これからは気を付けるから。」と何度もお父さんに訴えた。
でもダメだった…。
お父さんは何も答えてくれず、自分の部屋にこもっちゃう。
お母さんはもう訳が分からなくて混乱して、よく泣いていた。
そしてある時、お父さんはこう言った。
「もう、別れてくれないか。」
お母さんは大きく目を見開いたまま、何も言えずに硬直していた。
見開いた目からは次々と涙が溢れでてくる。
そして震える声で「もういい!そんなに私の事が嫌なら離婚しましょう!!」と言ってしまった…。
お母さんは勢いでそう言っちゃったんだと思うけど、お父さんはその日の夜に離婚届けを持ってきた…。
お父さんの不倫が発覚したのは、離婚届けを提出し、私とお母さんがアパートに引っ越してすぐの事だった。
いつも通っていた美容室に既に予約を入れていたお母さんが、私を連れて美容室へと向かっている途中、お父さんと“あの女”が一緒に歩いている現場を偶然目撃してしまった。
場所は元々お父さんと一緒に住んでいたマンションのすぐ近く。
2人は腕を組んで密着しながら歩いていて、明らかに恋人同士の男女に見えた。
お母さんは思わず2人の後をつけた。
私もお母さんについて行く。
そうしたら思った通り。
お父さんと“あの女”はマンションの中に入って行った。
お母さんはあまりのショックで動けなくなり、顔が真っ青になっていた。
離婚してから僅か数日で新しい彼女?
いいや、そんなはずはない。
恐らくもっと前から2人は付き合っていたんだ。
お父さんが不倫をしているなんて、微塵も思っていなかったお母さん。
ずっと自分のせいだと思い、自分を責め続けていたお母さん…。
お母さんはその場で泣き崩れてしまった。
その後、お母さんは興信所に行き不倫調査と相手の女の身辺調査を依頼した。
不倫女の正体は、お父さんと同じ職場で働いている榎本若菜。
若菜は既に妊娠していた。
もちろんお父さんとの子ども。
問い詰めたら不倫を認めて慰謝料もくれたみたい。
お父さんと若菜が再婚したのは、不倫発覚から半年後の事。
その後、息子の浩平が生まれた。
お父さんと若菜、そして浩平の情報を得るために、お母さんは興信所に年に1度のペースで定期的に調査を依頼している。
お母さんは調査結果を確認しては若菜への憎悪を膨らませて、神社にお祈りに行ってる。
“2人が別れますように”って。
私も同じ気持ち。
人の家庭をめちゃくちゃにしておいて自分達は幸せに暮らすなんて、許されないでしょ。絶対に。
ところで、私がお父さんの家を監視するようになったのはいつからかと言うと、それは去年の夏。
私が高1の頃。
私は高校に入学して通学のために毎日電車を利用するようになったんだけど、帰りに偶然、同じ車両にお父さんが乗っていたのがキッカケ。
美術の石膏デッサンの進みが私だけ遅くて、放課後に居残りでデッサンを仕上げて帰った日の事だった。
私はすぐにお父さんだと気付いたけど、お父さんは私に気付かなかった。
お父さんが電車を降りる姿を見て、私もつい降りてしまった。
せっかく降りたんだから、ちょっと尾行してみようと思ってお父さんの後をつけてみた。
10分くらい歩いたら、お父さんは一戸建ての家に入って行った。
「ここがお父さんの今の家…。」
まだ建てられて数年の綺麗な家だった。
庭には花壇があり、可愛い花が揺れている。
なんだかすごく悔しくなった。
お父さんに捨てられた私達はあんなに古くて狭いアパートで必死に生活しているのに…。
今までに感じた事のない程の怒りが込み上げてきた。
家のすぐ目の前まで近づくと、家の中からお父さんと浩平の話し声が聞こえた。
「お父さん聞いて聞いて!!今日ね、テストで100点取ったんだ!!」
「凄いなぁ浩平、偉いぞ!」
お父さんとのこんな何気ない会話でさえ、私はもうする事が出来ない。
あの女のせいで。
それなのにあの女の息子は、私のお父さんと当たり前のように生活している。
こんなの、許せるはずがない。
「お父さんは私のお父さんだよ。お前が“お父さん”って呼ぶな。」
私はそう呟きながら震える拳を握りしめた。
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