高校時代の思い出
銀座の高級車専用駐車場に車を止め、運転席から颯爽と降り俺の扉を開け、手を差し伸べてくれる。
まるで王子様のようなエスコートに周りにいる人たちもポーッと湊介を見つめている。
そんな中、こっちだよと案内された時点で、連れて行かれるお店がそこそこ高いお店なんだろうなとは思っていた。
だって、今つけている指輪が数百万以上なんて聞かされたんだからそう思っても仕方がないだろう。
でも婚約指輪と違って、結婚指輪は普段遣いなはずだからそこまでびっくりするくらい高くはないだろうと思っていたのに……
「えっ、湊介……ここ?」
「ああ、そうだよ。さぁ、行こう」
連れて行かれたのは、俺でも知っているような高級ジュエリー店だった。
俺はあまりにも場違いな雰囲気に足がすくみ、ちょっと不安になって湊介の手をキュッと握った。
すると、湊介は満面の笑みを見せながら
「大丈夫だよ」
と俺の腰を抱き寄せた。
ピッタリと寄り添いながら店の前に行くと扉の前に立つ黒服の男性が
「いらっしゃいませ」
と俺たちを出迎えてくれて、扉を開けてくれた。
中に入ると、床全部にふっかふかの絨毯が敷き詰められていて、歩くとふわふわする。
転ばないように気をつけないとと思って、湊介の腕にしがみつくと
「ああ、もう莉斗が可愛すぎるな」
と俺の唇にちゅっとキスをした。
「わぁっ、もうっ! 人前だろ」
「何言ってるんだ、婚約者なんだからこんなの当然だろ」
周りにも人がいるというのに、湊介は全く気にする素振りもない。
なんだかこうなると自分だけが照れて恥ずかしがっている方が恥ずかしい気がしてきた。
確かに周りの人たちも何にも思っていないみたいだし、そもそもジュエリー店なんだからイチャイチャする人の方が多いのかも。
それに比べたら俺たちのいちゃつきなんてまだまだなのかもしれない。
そう思うと、途端に気持ちが楽になった。
なんだ、気にしなくていいんだ。
俺は湊介に綺麗なショーケースの前に連れて行かれた。
「わぁーっ、すごい!」
目の前にキラキラと輝く指輪たちを見て漏れ出た声に湊介がクスッと笑った。
「莉斗、この中からなんでも好きなのを選んでいいぞ」
「えっ、でもこれ……値段、何もついてないけど……」
「ふふっ。値段なんか気にしないでいいよ。俺たちが一生つけるものなんだから、莉斗が一番気に入ったやつがいい。なっ」
優しい目で見つめられながらそう言われて、俺は嬉しかった。
とはいえ、種類が多すぎてどれを選んだらいいかわからない。
「どうした?」
キョロキョロと焦っている俺に湊介が声をかけてくれてほっとする。
「いや、俺……せっかく湊介がくれたこの指輪をずっとつけていたいから、これと重ね付けしても大丈夫なやつがいいんだけど、それってどんなやつ選べばいいのかな?」
「莉斗、婚約指輪もずっとつけていてくれるのか?」
「えっ? そりゃあそうだろ? 湊介が俺のために探してくれた指輪なんだから」
「ふふっ。そうか」
湊介は嬉しそうに微笑むと、俺の左手をとって指輪をつけた指にそっとキスをした。
「――っ!」
「ふふっ。じゃあ、これに合う指輪をいくつか出してもらおうか」
そういうと、湊介はショーケースの向こうにいるスタッフさんに声をかけた。
すると、スタッフさんがいくつかの指輪をピックアップして、俺の前に並べてくれた。
どれもシンプルだけど、すごく綺麗な指輪。
うん、湊介の長い指に映えそうだ。
「こちらの二つはプラチナ、そしてこちらの三つはゴールドでございます。同じお素材で纏めると統一感がございますし、ゴールドですと、華やかな印象を与えてくれます。お客さまのお好みはどちらでしょう?」
うーん、プラチナ綺麗だな。
でも……湊介の指にはゴールドがすごく綺麗だ。
やっぱりここはゴールド一択かな。
「湊介、俺これがいい。これ、湊介に一番似合いそうだよ」
俺が指差した指輪を見て、湊介は一瞬驚いた表情を見せそのまま満面の笑みになった。
「莉斗の婚約指輪を作りに来たときに、結婚指輪もチェックしてたんだけど、俺もこれが莉斗に似合うなって思ってたんだ。俺たち一緒だな」
「えっ? 本当?」
なんだか湊介と一緒だってわかっただけですごく嬉しい。
湊介はこれにしますと言って中に入れる文字を決め、3週間後の結婚式に間に合うように頼んでくれた。
そのままジュエリー店をあとにして、食事に行きそのまま湊介の部屋へと戻った。
「明日は休みだから、俺のタキシード選びに行こうな」
「俺は何を着るんだ?」
「ふふっ。莉斗のは俺が着て欲しい服にしたんだけど、聞きたい?」
「ええーっ、なんか嫌な予感がするんだけど……」
「まぁ明日莉斗に試着してもらうからわかるよ」
意味深な湊介の言葉に気になりながらも、俺たちは寝支度をして寝ることにした。
今日も湊介の腕の中で熟睡しまくって俺は朝を迎えた。
朝からウキウキと朝食を準備し、出かける準備も出来上がっている湊介の浮かれ具合が少し気になりつつ、湊介の車に乗せられて超高級なことで有名なホテルへと向かった。
ホテルの入り口に車を止め、スタッフさんに車のキーを渡して湊介は俺を連れそのまま中へと入っていく。
連れて行かれたのはブライダルルーム。
湊介が顔を見せると、担当さんがすぐに駆け寄ってきた。
「四ノ宮さま! この度はおめでとうございます!! 四ノ宮さまからプロポーズがうまくいったとご報告いただいて私もう嬉しくて!!」
ハイテンションの担当者さんに少し驚きながらも、湊介に目をやると
「実は1年前から彼に相談に乗ってもらっていたんだ。莉斗と最高の結婚式をあげるって決めてたから、綿密な計画を立てて、プロポーズもOKしてもらったら連絡するって話してたんだけど、少し早まっただろ? それで驚きが爆発しちゃったみたいでさ」
と少し照れた様子で話してくれた。
「あと、決まっていないのは四ノ宮さまの御衣装だけですので、ぜひ存分にお選びください」
担当者の[[rb:長塚 > ながつか]]さんは嬉しそうに俺たちを衣装室へと案内してくれた。
全ての壁に設置された大容量のクローゼットにはウエディングドレスやらカラードレス、タキシードが並んでいて、奥には和装もたっぷりと用意されていた。
「うわぁー、すごいな」
俺は初めてみるたくさんの洋装に囲まれて、驚くことしかできなかったけれど、そういえばと思い出した。
「俺が湊介の衣装を選ぶのはいいけど、俺の服とのバランスもあるんじゃないのか?
とりあえず湊介が選んだ俺の服を見せて欲しいんだけど」
そういうと、湊介は長塚さんに目で合図をすると長塚さんはすぐに奥の部屋から恭しく大きな箱を持ってきた。
「こちらは四ノ宮さまが青葉さまのためにとデザインされ、特注されたこの世にただ一つの御衣装でございます」
「えっ? 湊介がデザイン? 特注?」
湊介は大学卒業と同時に自分でアパレルブランド『Alotoiba』を起業し、そのデザインの独創性と縫製の素晴らしさに今では国内だけでなく海外からもかなりの需要があり、特に湊介自身がデザインしたものは数年待ちの予約が入っているほどの人気だ。
そんな忙しい中、俺のためだけの特注の衣装だなんて……。
そもそも、湊介の作っている服には婚礼衣装なんてなかったはずなのに。
「莉斗が着る以外の婚礼衣装なんて一生作るつもりはないからな。俺が生涯でデザインする婚礼衣装はこれだけだよ」
俺の考えを見抜いたかのようにそう教えてくれた。
「莉斗、箱を開けてみてよ」
そんなすごいものだと分かったら手が震えてしまう。
だけど、湊介が俺のために作り上げてくれたものだとわかったら見ないわけにはいかない。
ドキドキしながら箱を開けると、そこには純白のウェディングドレスがあった。
「そう、すけ……これ……」
「ああ。覚えてるか? 高校の時、文化祭で女子がタキシード、男子がドレス着て喫茶店やろうってなったときに、莉斗が自分が着るならこんなやつってデザインしたドレス……あれがずっと頭から離れなかった。いつか、莉斗の思い通りのドレスを作って結婚式あげたいって思って、俺あの会社を立ち上げたんだ。そういえば、気づいてたか? 俺の会社の名前『Alotoiba』の意味」
「えっ? サモア語で『愛』って意味なんだって教えてくれたよね? それ以外に何か意味があったの?」
「ふふっ。実はあれ、お前の名前『青葉莉斗』をローマ字にしたアナグラムなんだよ。莉斗の名前を入れ替えたら『愛』っていう意味になるって知った時、もうこの名前しかないって思ったんだ。このドレス、莉斗への愛をいっぱい詰め込んで思ってた通りにできたと思うんだけど、どうかな?」
うそだろ……。
湊介、お前どこまで俺が好きなんだよ。
会社の名前まで俺だなんて……。
その上、あんな落書きで適当に描いた絵を見て願いを叶えてやろうだなんて……お前は本当に王子さまだな。
いや、魔法使いなのか?
俺はもう嬉しくなって、湊介に抱きついた。
「嬉しすぎだよ!! こんなに俺を喜ばせてどうすんだよ!! もうっ!」
そんな悪態をつきながら、俺が抱きつくと湊介は嬉しそうに俺の頭を優しく撫でてくれていた。
「よかった、気に入ってくれて……。これで結婚式あげような」
俺はその後、湊介に似合うタキシードをああでもない、こうでもないと悩みまくり、ようやくシックなダークグリーンのタキシードを選んだ。
うん、湊介のイメージにぴったりだ。
湊介は俺の選んだタキシードを嬉しそうに見つめて
「じゃあ試着しようか」
といい、俺はスタッフさんに連れられて大きな試着室に入った。
ドレス用の下着を渡され、それに着替えてスタッフさんを呼ぶとテキパキとドレスを着付けてくれる。
「花嫁さまは本当にお肌が綺麗ですね」
「どうしたらこんなに色も白くてきめ細やかになれるんですか?」
「本当にお顔もお人形さんみたいにお綺麗で……ああ、花婿さまが羨ましい」
次々にそんなことを言われながら、俺は鏡に映る自分の姿に驚いていた。
「これが、俺……?」
「ふふっ。とてもお綺麗ですよ。早く花婿さまにお見せにならないと」
花嫁さまのお支度が整いましたと高らかな声に続き、試着室のカーテンが開かれた。
サーっと開いたその向こうに、俺の選んだダークグリーンのタキシードを完璧に着こなした湊介の姿が見える。
「湊……介、どうかな?」
驚きの表情を見せる湊介に恐る恐る尋ねると、湊介はポロッと一筋の涙を流した。
「えっ、なっ――、どうしたんだ? うわっ」
突然の出来事に驚いて、俺は焦って駆け寄ろうとしたけれど、ドレスにもたついてこけそうになってしまった。
ああっ、ドレスがっ!!
と思った瞬間、俺は優しい腕の中に抱きしめられていた。
「ごめん、俺が驚かせたな。高校の時から夢に描いてたことがやっと現実になるんだと思ったら感慨深くなってつい……。恥ずかしいな、俺」
いつも冷静で頼もしい湊介がこんなにも感情を見せてくれたことが嬉しくて、俺は
「湊介のこういうところを見られるのが嬉しい。待たせてごめんな」
というと、湊介は綺麗な涙を流しながら、もう一度俺を抱きしめた。
ああ、俺は3週間後このドレスを着て湊介と結婚するんだ。
一気に現実味を帯びてきて、もう3週間後がたまらなく待ち遠しくなった。
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