ここからはじまる

夢の国で遊びまくり、そろそろ日も暮れかけてきたころ、


「莉斗! 最後にちょっと行きたいところがあるんだけどいいか?」


と湊介に誘われた。


「ああ、せっかく来たんだしな」


そう、それに今日で最後だし。

涙が溢れそうになるのを必死に抑えながら、俺は普通を装って返事をした。



「わぁーっ、やっぱり綺麗だな。ここ、特等席じゃないか。あの夢の城が目の前で見える!!」


「ふふっ。莉斗、ここ好きだったもんな。高校の時も最後までここから離れないで見てたよな」


「いいだろっ。好きなんだから」


「ははっ。やっぱり莉斗は変わってないな」


「――っ」


なんでそんな目で俺を見るんだ?

なんか湊介に見られるとドキドキする。


「湊す――」

「莉斗! あの時の返事を聞かせて欲しいんだ」


「えっ?」



湊介はさっとその場に片膝をつき、上着の内ポケットからベルベット生地の小さな小箱を取り出し、パカっと開いて見せた。


「莉斗……結婚しよう! 一生大切にする! だから頼む、俺のそばにいてくれ!」


あれから2週間も経って、湊介の頭も冷えてもうあの話は無くなったと思っていたのに。

どうしてこんなところでプロポーズなんか……。


俺はもう諦めきれなくなるじゃないか。


どうして湊介はここまでやってくれるんだろう?

それだけ、この傷が湊介を苦しめているってことなのかもな。


だけど、俺は……ずるくてもいい。

もう湊介の手を離したくない!


「湊介……俺……」


「お願いだっ! 莉斗!」


縋るような目で見られたらもう……俺は……。


「俺で、良かったら……お願いし――」

「莉斗っ!! ああ、良かった!! ありがとうっ、莉斗!!」


俺たちは周りにいた大勢の人たちの拍手を浴びながら、湊介が俺の唇に重ね合わせるだけのキスをした。

その甘く優しいキスに胸の奥がズキっと痛むのを感じながら、俺たちはしばらくの間抱き合っていた。



「あ、そうだ」


湊介は思い出したかのように小箱から指輪を取り出し、俺の左手の薬指につけてくれた。

一周ぐるっとダイヤが並んだフルエタニティの指輪。

俺がずっと憧れたやつ。

なんで湊介が知ってくれていたのかもわからない。


サイズだっていつの間に測ったのか、指輪はピッタリと嵌って俺の薬指でキラキラと輝いていた。


「湊介、ありがとう」


「ああ、よく似合うよ」


普段装飾品はつけないから、指に嵌っているのがなんとなく不思議な感じがするけれど、全くもって嫌な気はしない。

それどころか湊介のものだと宣言されているようで喜びしかない。

つい、指輪を光に翳してしまう。

そのたびにキラキラと輝いて嬉しくなるんだ。

でも、湊介が俺の指に目をやるたびにニコニコと笑顔を見せてくれるのが何よりも嬉しい。


「そろそろ帰ろうか」


思っていた以上に集まっていたギャラリーから抜け出すのに苦労したものの、


「おめでとう」

「お似合いのカップルですね!」


とあちらこちらからお祝いの言葉を投げかけられて嬉しかった。


湊介がただの責任感で俺に結婚を申し込んだのだとしても、俺はそれを選んだんだ。


もし湊介が耐えきれなくなって離婚を申し出たらその時は素直に受け入れてやろう。

だからその日が来るまでの間だけ、湊介を俺のものにしておくのは許してほしい。


そのまま久しぶりに自分の家に帰ろうと思っていたのに、


「なんで別々に帰るんだ? 俺たち、婚約しただろ?」


と不思議そうな顔で見られながら、車はそのまま当然のように湊介の家へと入っていった。


湊介の家へと戻ると、


「あれ? 何でこれ……」


奥の余っていた部屋に俺の家にあった見慣れた荷物たちが見える。


「ああ、莉斗のアパート解約して、荷物はもう全部ここに運ばせてるから」


驚く俺をよそに湊介は当然とでも言うようにサクッと話をしてくる。


「はぁっ? えっ? か、解約? なん、で……」


「なんでって、俺……今日は絶対に莉斗からオッケーの返事もらうつもりでいたからさ。夢の国に行っている間に荷物運ばせておいたんだ」


「えっ? だって、俺が断るってことも……」


「ははっ。あるわけないだろ! っていうか、断らせるつもりなんてないし」


「ええっ? なんで、そんなっ。そこまでして責任取ることないのにっ!!」


「責任?? どういうことだ?」


驚いた表情を見せる湊介に俺は一瞬言葉に詰まった。


俺が全てわかってることは内緒にしておこうと思ってたのに。

『責任』という言葉を言ってしまった。


聡い湊介のことだ。

もう全部わかっているに違いない。


それならもう隠す必要はないな。

俺はずっと心の中で思っていたものを全てぶちまけた。


「だって湊介は……俺がお前を庇って傷痕が残るような怪我しちゃったから、仕方なく結婚するんだろう? 本当は他に結婚したいほど好きな奴がいるくせに、責任感じて……それで、俺のこと好きでもないのに結婚しようなんて言い出したんだろう?」


「……そうか、莉斗はそう思ってたんだ? じゃあなんでオッケーしたんだ?」


「――っ!」


「なんで俺のプロポーズ断らなかったんだよ!」


「だって……だって、」


言っちゃいけないっ!

それを言っちゃったら、せっかくの湊介との結婚生活も全部なくなってしまうどころか、今までのような友達にも戻れなくなってしまう。


「だって、なんだよっ!」


湊介が怒ってる。

俺が湊介の優しさにつけ込んでオッケーしたのに気づいているんだ。


もう、終わりだ……。

最後なら、もうぶちまけるしかないか。


俺は自分の左手の薬指に輝く、さっき幸せの絶頂の中、湊介にはめてもらった指輪を見つめながら、


「だって……俺は……ずっと、ずっと湊介が好きだったから!!」


と大声で言い放った。


「えっ――?」


驚く湊介の表情が見える。

そりゃあそうだよな。

友達だと思ってたやつからこんなこと言われたらな。


だけど、一度溢れ出た感情はもう止められない。


「初めて会った時からずっとずっと湊介のことが好きだった。でも、俺なんて釣り合わないって思ってたし、だからずっと親友としてそばにいられたらいいと思ってた。でも、あのことがあって、湊介が責任感じて俺にプロポーズしてくれて……申し訳ないと思いつつ、俺は嬉しかったんだ。でも、湊介がずっと思い続けていた好きな人のことを思ったら、結婚なんてしちゃいけないと思って……だから最初は断ったんだ。でも、今日ああやってプロポーズされて……もう我慢できなかった。だって、ずっと待ってた湊介からの告白だぞ! 嬉しくないわけがないだろう! だから、湊介が俺との生活に我慢できなくなって離婚したいって言い出すまで、偽装夫婦でもいいから最後の思い出を作れたらって思ったんだ。だから俺……わぁっ!!!」


「莉斗っ!!! もうわかった、わかったから」


涙を流しながら必死に説明していたら、急に湊介に抱きしめられた。


湊介の温もりが俺の昂っていた感情をゆっくりと落ち着かせてくれる。


「落ち着いたか?」


「……ごめん、急に告白したりして驚いたよな」


「違うんだ……俺が全部悪い。お前がここまで鈍感だってことわかってなかった俺が悪いんだ」


「えっ? どう言うこと?」


湊介は『ふぅ』と深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。


「莉斗に勘違いさせてしまった。ごめん。俺が好きなのは……お前だよ」


「えっ? そ、れ……どういう?」


「だから、俺が高校の時からずっと好きなのは莉斗、お前なんだ。いつか結婚したいと思っていたのも莉斗だよ。会社も軌道に乗って、ようやくお前を安心して迎えられると思って来月のお前の誕生日にプロポーズしようと思って計画してたんだ。この指輪だってそれに合わせて準備してたやつだし」


「うそ……っ」


「嘘なわけないだろう。あの事件で少し計画が早まっただけなんだよ。別に責任を取って嫌々結婚しようって言ったわけじゃない。早くあんな連中から莉斗を守りたくて性急になってしまったのは確かだけど」


マジか……。

湊介が俺のことを好き??

全然知らなかった。

俺だけが湊介を好きなんだとばっかり……。



俺の驚いている顔を見ながら湊介が


「はぁーーーっ」


と大きなため息を吐いた。


「えっ? 何、そのため息……」


「いや、そもそも俺たち、付き合ってたんじゃなかったのか?」


「はっ? な……? えっ?」


俺たちが付き合ってた?

いやいや、ないない。


「えっ? だって俺、告白もされてないし、もちろんしてもないし」


「そこかよ。まぁ、確かに告白はしてないけど、俺たち大学卒業してからも週に一度は必ず会って出かけてたし、スキンシップは多かっただろう? キスくらいならよくやってたじゃん?」


考えてみれば、確かに……。

湊介のスキンシップが多いことは高校時代から知ってたし、それを心地良いって思ってた。

一緒に出かけるのだって、もういつの間にか習慣になってたし。

親友ってそんなもんだって思ってた。


「俺はずっと莉斗と付き合ってるって思ってたし、それを莉斗もわかってるって思ってた。そもそも、最後までしなかったのだって、莉斗が高校の時に『結婚式の夜に初めての人と結ばれるとか憧れるよな』って言ったからだし。俺がそれ守るためにどれだけ我慢してたか知らないだろう?」


えっ?

いや、確かに昔、2人で映画見てる時にそんなことを言った気がするけど……まさか湊介はそれを覚えてた?

あんな戯言、俺だって今の今まで忘れてたよ。


じゃあ、ほんとに湊介はずっと俺を彼氏だと思ってくれてたってこと?

俺はずっとそれを知らずに片想いしてたわけで……。


「はぁー、なんだよ。俺、超鈍感じゃん」


「お前が鈍感なのは今に始まったことじゃないけど、俺がこの前莉斗にプロポーズしたら全然わかってなかったから、流石に驚いたよ。だから、一緒に住んでいる間にスキンシップも思いっきり増やして俺なしじゃ生活できないように徹底的に甘やかしてやろうと思ったんだ」


「えっ? スキンシップ増やして甘やかしてって……じゃあ、見送りの儀式は?」


「ははっ。あんなの友達でやるわけないだろ。莉斗からキスしてもらえるように仕組んだんだよ。莉斗の父さんと母さんが仲良くて助かったな。ちなみにうちの親はやってないぞ」


嘘だろっ。

あんなふうにいうから本当だって信じてたのに。

えっ? じゃあ……


「風呂は? 先生の指導だって」


「ああ、あんなのあるわけないだろ。そもそも1人にするなとも言われてないし。でも、流石に恥ずかしがってやらせてもらえないとは思ったけど、莉斗があんなにもいうこと聞くって思わなかったからびっくりはしたな。それに莉斗の裸が可愛すぎて堪えるのが大変だった」


「か、可愛いって……」


あんなに普通に俺の髪の毛洗ってたくせに、そんなこと思ってたのか……。

俺、普通に下も洗ってもらってたんだけど……。


何にも気づかないなんて……俺、どれだけ鈍感なんだよ。

それじゃあ……


「あの、じゃあ……ご飯は?」


「ふふっ。あれは俺がやりたかっただけだ。莉斗が食べるの可愛かったからな」


「可愛いって……はぁーっ、嘘だろっマジで。俺、本当にここ出たら一人暮らしに戻れないかもって悩んでたんだぞ」


「そういうふうに仕向けてたんだから当然だろ」


ああ、そうだよな。

俺が本気出した湊介に勝てるわけがなかったんだ。


「莉斗……全部理解したよな? 俺が本気でお前のことが好きなんだって」


「ああ、わかった」


「じゃあ、俺と結婚してくれるんだな?」


「一つだけお願いがあるんだけど……」


「なんだ? お前と結婚できるならどんなお願いでも聞いてやる!!」


俺なんかにこんな完璧イケメンが何言われるかって緊張して……わんこみたいに俺の言葉を待ち続けてるなんて。

湊介って可愛いな。


俺は湊介の耳元でそっとお願い事を囁いた。


湊介は目を丸くして驚きつつも満面の笑みを見せ、俺の方にさっと手を伸ばし大声で叫んだ。



「莉斗! お前が好きだ! だから俺と付き合ってくれ!」



ずっと欲しかったこの言葉。

俺たちはここから始まるんだ。

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