至れり尽くせり快適生活
それからの2週間は本当に楽しかった。
しかも、この間湊介にいろんなことを教えてもらって俺の知識はかなり鰻登りになった。
いや、というより俺の知識が少なかったせいだろう。
父さんと母さんにちゃんといろいろ習っておけばよかった。
まず、初日に湊介が作ってくれた朝食を食べたあと、仕事へと向かう湊介に
「いってらっしゃい。気をつけてね」
と玄関で見送ると、湊介は俺をじっと見つめたまま動かなかった。
「どうしたんだ?」
「あのさ、莉斗は知らないのか? 見送る人は出かける人にキスをしないといけないんだぞ」
「えっ? そうなのか?」
「莉斗の家の父さんと母さんがやってるのをみたことはないか?」
「え――っ? あっ!」
そう言われて思い出した。
そういえば……
――パパ、いってらっしゃい! 気をつけてね!
そう言って確かにキスしてた。
「ああっ! やってた!」
「だろう? あれは事故に遭わずに帰ってこいっていう大事な儀式なんだ。見送ってくれる莉斗がいるのにしてもらえなかったら、俺は事故に遭うかもしれないな」
それは困る!!
湊介が怪我するのだけは絶対に嫌だ!!
元々スキンシップの多い湊介だ。
幼い時は海外に住んでいたらしくて、高校の時から何か嬉しいことがあったり感情を揺さぶられることがあったらいつでも俺のほっぺたにキスしてくるから、最初はびっくりしたけどもう数年もやられてたらこっちだってすっかり慣れっこだ。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
そう言ってほっぺたにキスすると湊介は
「そこは唇じゃなきゃ意味ないんだ!」
と少しむくれた様子で俺をみた。
そういえば母さんも唇にやってたっけ。
ほっぺたは慣れっこだけど、流石に湊介と唇は何回かしかない。
意地悪なのか今度は屈んでくれなかった湊介の腕を支えに、俺は少し照れながらも背伸びして湊介の唇にキスをした。
「いってらっしゃい! 気をつけて!」
今日何度目になるかもわからない挨拶をすると、湊介はようやく嬉しそうな笑顔を見せ、
「ああ、今日は昼に一度戻ってくるからな。じゃあ行ってくるよ!」
と出かけていった。
昼にはわざわざ俺のために戻ってきてくれたときには、無事に帰ってきたことへのキスをねだられた。
もちろん唇に。
まぁ行く時するなら帰りもしないとおかしいもんな。
近づいてさっきのようにキスをすると、湊介からはほんの少し汗の香りがしてドキッとしてしまった。
ささっと作ったと言いながらも美味しそうな昼食を食べ、また午後の仕事に向かう湊介にいってらっしゃいのキスをして見送って、帰りも同じ……。
ほぼ毎日4回この儀式を繰り返して、でも、時々どうしても帰れない時には朝からお弁当を置いて行ってくれてそれを味わいながら食べた。
お弁当もものすごく美味しかったけれど、なんとなく昼に湊介とあの儀式をやらないと湊介が夕方帰宅するまでソワソワするようになった。
多分、無事で帰ってくるか心配なんだ。
湊介とあの儀式をしていると、不安が一気に払拭される気がして心地良い。
18時には帰宅してお帰りの儀式をした後、すぐに夕食を作ってくれて……毎日レストランのような食事を食べさせてくれた。
しかも夕食は毎食湊介が食べさせてくれるおまけつき。
食事くらい時自分で食べられるよと流石に断ろうとしたけれど、湊介が悲しそうな目で
「食事の介助はお世話の基本だろ? 朝食と昼食は時間がないから悪いと思いつつも莉斗に自分で食べてもらってるから、夕食ぐらいは俺がしたいのに、俺が食べさせるのは嫌なのか?」
と聞いてくるからこれだけしてもらってるのに断るわけにもいかず、
「あ、じゃあ……やってもらおうかな。夕食は品数も多いし疲れるしな」
とお願いすると嬉しそうに雛鳥に餌を与えるように俺に食事を食べさせ始めた。
そういえば、湊介って一人っ子だっけ。
きっとこうやってお世話してみたかったんだろうな。
いろいろしてもらってるから湊介の夢を叶えてあげるくらい大したことない。
しかも、湊介の食べさせ方が上手だし。
いや、ほんとこれ自分で食べるより全然楽だわ。
お風呂は頭を怪我しているから1人では入ってはいけないと先生から指導されているということで、毎日湊介に綺麗に洗ってもらっている。
湊介がこんなに髪を洗うのが上手だなんて知らなかったな。
身体を洗うときはあまり刺激を与えない方が頭にもいいからって手にたっぷりと泡をつけて全身を洗ってくれる。
最初は流石に恥ずかしかったけど、湊介の洗い方が上手すぎてもう自分で洗うのが嫌になってしまっている。
お風呂から上がったら、1人でやると傷に響くからと、ソファーに座る湊介の足元に俺がぼーっともたれかかっている間に髪を綺麗に乾かしてくれてもう楽チンこの上なしだ。
もう本当に至れり尽くせりの生活に俺は満喫しまくっていた。
本当、これで自分のアパートに戻った後、ちゃんと生活していけるか心配しかない。
そんな生活を過ごしていた俺の休暇の最終日。
この2週間の至れり尽くせり生活で身も心も元気になっていた俺は湊介に誘われて、夢の国へと向かった。
「うわぁー、久しぶりだな」
「そうだな、高校の時以来か?」
「なんかいろいろ増えてるじゃん! 早く行こうぜ!」
「おい、莉斗! あんまりはしゃぎすぎるなよ。まだ傷も塞がったばかりなんだからな」
そっと傷口に触れられるたびに、この傷が湊介を縛っているんだろうなと思ってしまう。
この傷痕を見るたびにあの時のことを思い出して湊介がつらいい思いをしているんじゃないかと不安になる。
もう忘れてくれていい。
本当に今日で終わりなんだから……。
「湊介ーっ、次はあれに乗ろうよ」
「ああ、わかった。わかった」
2人で列に並んでいると、
後ろに並んでいた二人組の女の子に
「あの……もしよかったら、このあとわたしたちと一緒にまわりませんか?」
とキラキラした眼差しで見つめられた。
相変わらずモテるな、湊介は。
どうするんだろうと思っていると、
「悪いんだけど、俺たち今デート中だから」
と俺をぎゅっと抱き寄せながらキッパリと断ってくれた。
「きゃーっ、そうなんですね!!」
「お二人、お似合いです!」
キャピキャピとした声でそう言われて俺は恥ずかしくなったけれど、湊介はにっこりと笑って
「ありがとう」
とお礼を言っていた。
そんな湊介の笑顔に彼女たちはポーッと顔を赤らめていたけれど、湊介の視線はもう俺しか見ていない。
それが俺の優越感をくすぐるんだ。
「莉斗、どうした?」
俺が湊介をじっとみていたから心配してくれたんだろう。
「なんでもない。ほら、前が空いてる。行こうぜ」
湊介の手をとり恋人繋ぎで握ると、湊介は一瞬驚いていたもののすごく嬉しそうに笑っていた。
ああ、この笑顔を見るのも今日で最後かぁ。
この手を離したくないのにな……。
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