突然のプロポーズ

翌日、朝食後に退院と言われて、部屋で一人で朝食をとっていると部屋の扉がノックされた。

看護師さんが来てくれたのかと


「はーい」


と声をかけると、ガラガラと扉が開き入ってきたのは湊介だった。


「莉斗、おはよう」


「えっ? 湊介、今日仕事は?」


「大丈夫、気にしないでいいよ。退院手続き済ませてきたから、それ食べたら帰ろう」


昨日の憔悴しきった顔とは違う、にこやかな笑顔で俺を見つめる湊介に驚きながら、俺は急いで黙々と朝食を食べきった。


「莉斗、ほらご飯粒ついてるよ」


「えっ? どこ?」


「ふふっ。ここ」


「――っ」


そう言って湊介は俺の口元についていたご飯粒をひょいっと指先で摘んで、当然のように口に入れた。


「ご馳走様」


「あ、ありがと……」


食べ方が下手なのかいつも付けちゃうんだけど、その度に優しい湊介がこうやって取ってくれるからもう慣れっこになってしまってた。

でも湊介が結婚しちゃったらこんなのもきっとダメなんだろうな。

湊介に甘えてないでちゃんと綺麗に食べられるようにならないとな。


食事を終え、荷物を持ってもらい、まるでエスコートされるように病院の駐車場に連れて行かれて、そのまま湊介の車に乗せられた。

俺の家に向かっているのかと思いきや、連れて行かれたのは湊介のマンション。


「えっ? なんで、ここ?」


「主治医の先生に頭だから当分は安静にって言われただろう? 莉斗のことだから一人で家にいるとなんやかやとやっちゃうし、だから当分は俺の家で休んでくれ」


「いや、そんな迷惑かけられないって」


「いいんだ、俺がそうしたいんだよ」


優しい湊介のことだ。

きっと俺が怪我したことに責任感じてるんだろうな。

そんなに優しくされたら俺、いつまで経っても諦められなくなっちゃうのに。


何度か押し問答を繰り広げたけれど、口の立つ湊介に勝てるわけもなく結局俺はしばらくの間、ここでお世話になることになった。



「ここが莉斗の部屋だから好きに使って」


と案内された部屋はもうすでに必要なものが色々と揃えられていて、この部屋だけで十分生活できそうなほど快適だ。


昨日の今日でいつの間にこんなに揃えたんだろう?


驚く俺を横目に、


「足りないものがあったらなんでも言ってくれ」


と嬉しそうな笑顔を見せてくれる。



「疲れただろうから、少し休んだ方がいい」


そう言われて、俺は部屋のベッドに横になった。

自分が使っているものとは比べ物にならないほどの寝心地の良いベッドに俺はあっという間に眠りに落ちていた。




どれくらい寝ていたんだろう……。

目を覚ますと時計は午後三時を指していた。


驚いて起き上がるとお腹がグゥと可愛くない音を立てる。


病院で出された朝食食べたっきりだから流石に腹が減ったな。


お腹を押さえつつ、部屋の外に出るとあっちからいい匂いが漂ってきた。


「ああ〜、いい匂い」


思わずそう声を漏らしながら、匂いのする方へと向かうと湊介がキッチンに立っているのが見えた。


「湊介……」


俺の声に一瞬驚いていた湊介だったけれど、すぐに笑顔で


「どうした? もう起きたのか?」


と声をかけてくれた。


「お腹空いて……」


「ああ、そうだろう。そろそろ出来上がるから起こしに行こうと思ってたところだったんだ」


「何作ってるんだ?」


「茸とベーコンのトマトチーズリゾット。莉斗、好きだろう?」


わざわざ俺の好きなものを作ってくれるなんて……。

嬉しくて涙が出そうだ。


「ありがとう」


涙ぐんでるのがバレないように必死に絞り出すと、湊介は


「そこに座って」


と何も気づいていない様子でダイニングを指差した。


席に着くと、カトラリーと冷たいレモン水がすぐに運ばれてまるでレストランみたいだなと思った。


そして綺麗なランチョンマットを敷いた上に綺麗に盛り付けられたリゾットが置かれて、見るからに美味しそうなそれに目が釘付けになった。


「はぁーっ、美味しそう」


「ふふっ。どうぞ召し上がれ」


いただきますと手を合わせ、一口入れると、美味しさが口の中に広がった。


「うわっ、お店のみたい!!!」


「莉斗はお世辞がうまいな。でも、嬉しいよ」


「お世辞じゃないって。本当に美味しいよ!」


「ふふっ。ありがとう」


湊介は嬉しそうに自分もリゾットを頬張りつつ、目線はずっと俺の方に向いていた。


「そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」


「ああ、ごめん。うちで莉斗に料理振る舞うのって初めてだったから反応が気になって」


そういえば、そうだ。

湊介とは長い付き合いだけど、湊介がこんなにも料理が上手だなんて知らなかった。


あっという間にリゾットを平らげた俺は満足してお腹をさすった。


「ふぅー、本当に美味しかったな」


「これから毎日莉斗の食事は俺が用意するから楽しみにしててくれ」


「えっ、でも毎日って、湊介……仕事が忙しいだろう?」


「ちょうど忙しいところを過ぎたところだったし、問題ないよ。莉斗は何にも気にせずにゆっくり休んでくれていいから」


「でも、俺も仕事が……」


「ああ、仕事の方は心配しなくていいよ。うちの弁護士が怪我したことと療養が必要なことを莉斗の会社に知らせて、二週間休暇をもらってるから」


「ええっ?? 二週間??」


「ああ、主治医の先生が二週間程度は無理しない方がいいと仰ってたからな」


先生が?

なら……仕方ない、か……。



「それでさ、莉斗……これからのことなんだけど……」


これからのことって……ああ、湊介の好きな人のことか。

身を固める決意でもしたのかな。



「莉斗……俺と結婚してくれないか?」


「はぁっ??」


「莉斗のこと、一生大切にする。だからお願いだ、うんと言ってくれないか?」


「いやいやいや、ちょっと待ってっ!! 俺と結婚?? なんでそんな話に??

そもそも湊介、お前……好きな人がいるんだろう?」


「はっ? いや、だから、それは――」

「俺への責任を感じてそう言ってくれてるならやめてくれ。俺はもう気にしてないし傷痕も大して目立たないんだから」


「莉斗……俺は責任を感じて言ってるんじゃない。俺自身の気持ちで言ってるんだ。だからオーケーしてくれないか?」


湊介の真剣な表情に心が揺らぐ。

責任感の強い湊介のことだ。

自分のせいで痕が残るような怪我をさせてしまったことが許せないんだろう。

自分の思いを封じ込めてまで俺への責任を取ろうとするなんて……。


本当はすぐにでもオーケーと言いたい!

だって、俺はずっと湊介が好きだったから。


でも湊介は違う。

好きな人がいるのに、責任感で俺となんて結婚しちゃいけないんだ。


「湊介……それはだめだ。湊介をみすみす不幸になんてさせられない」


「なんで不幸になるんだ? 俺は莉斗がいいんだ。だから頼む。結婚してくれ」


「少し考えさせてくれないか?」


「そうだな。流石に早急過ぎたか。指輪もないし、こんなプロポーズなんてないよな。悪かった。俺としたことがつい焦り過ぎて……」


「いや、いいんだ。湊介も落ち着いて考えた方がいい」


「じゃあ、莉斗の休暇が終わるその日に返事を聞かせてくれないか?」


「ああ、わかった」


そう言いつつも、二週間後には湊介の気持ちも落ち着いているだろうと思った。

きっとその時には湊介の方から結婚の話はなしにと言ってくるはずだ。


それまでの間だけは最後だと思って、湊介との時間を楽しませてほしい。

これが本当に最後だから……。

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