第2話 出発!
――楽しい。
――楽しい。
――楽しい。
「楽しい!!」
運動や筋トレが楽しくて楽しくて仕方がない。
前世で運動できなかった反動か、体を動かすのがとにかく楽しくて仕方がなかった。しかもこの洞窟の中では一切疲れる事も無いのだ。そりゃ運動して体を鍛えまくるに決まっている。
唯々無心に鍛える。
鍛えて鍛えて鍛えまくる。
そして気づくと――
「ふむ……この洞窟ってこんなに狭かったっけ?」
以前は凄く高く感じた天井が、何故か今はそうでもない様に感じる。中の広さも明らかに縮んでいる気がするし。ひょっとして、時間の経過で洞窟は小さくなっていく仕様だったのだろうか?
「あり得る。ずっと訓練バッカすんなって事なのかも」
便利だからと、スタート地点に引き籠らない様にするための仕様と考えれば納得だ。
「まあ今なら、勝てないまでも時止めと合わせて逃げ切る事ぐらいはできるだろうし……よし!出発だ!」
訓練の成果によって、細かった腕は筋骨隆々な物に変わっていた。腹筋も当然板チョコ状態。そういや、俺ってどれぐらい洞窟にいたんだろうな。一月や二月程度ではないとは思うけど……ま、どうでもいいか。
「ん?」
洞窟を出たら、すぐそこには青い肌をした一つ目の魔物が立っていた。初回に出会った魔物とよく似ているが、サイズが全然違う。俺とほとんど変わりないぐらいだ。
「ああ、なんだ。あれは強いのに偶々出くわしただけか」
今目の前にいる魔物が本来の初期の相手で、恐らくあのデカいのは、運悪く遭遇した中ボスって所だったのだろう。これ位の奴なら、石ぶつけて倒せた気がするし。
体を鍛えた今の俺なら、チートなしでもこいつ程度なら結構いい勝負できそうな気がするな……
「おい!」
「ごおおおおおお!」
洞窟から出て声をかけると、魔物は振り返り雄叫びを上げる。ちっさい魔物の癖に声だけは大きい。発声練習でも普段から頑張ってんのかな?
「かかって来な!」
――こいつとはチートなしで勝負する。
何でもかんでもチート頼りだと、それが通じ無くなった途端、残念な感じになりかねないからな。だから少しでも実践経験を積んで、地力を上げておく。まあ最悪怪我をしても、洞窟に戻りさえすれば一瞬で治るし。
「ごあああああ!!」
挑発と同時に、単眼の魔物が殴りかかって来た。相手のパワーを測る為にも、敢えてこの攻撃は躱さない。正面から受け止める。
俺は両手を顔の前に掲げ、魔物の拳をガードした。
「かっる!どんだけ非力なんだよ!」
歯を食いしばって衝撃に備えていたのだが、その軽さに思わず拍子抜けする。
何だこの貧相なパンチは。まったく話にならないぞ。殴られても腕に走る衝撃がほぼ0とか、非力すぎ。
青い奴はそのまま狂った様に俺を殴って来るが、余りにもパワーが無さすぎて欠伸が出てきそうだった。まさに、ざ、見掛け倒しである。まあ最初の魔物だからこれ位が妥当と言割れりゃそうなんだが。
「これだともうガードもいらないらねーな」
絶対痛くない確信の元、ガードを下げる。そこに魔物の拳が飛んでくるが、やはりたいした――と言うかほぼ痛みはない。取り敢えず、これ以上攻撃を受ける意味もないので、奴の腹部に軽く一発拳をぶち込んでやると――
「えぇ……」
――胴体が粉々になりながら、魔物が吹っ飛んで行ってしまう。
「いや、非力な時点で防御も無さそうだとは思ったけども……豆腐かよ……」
よし、あの魔物はゼリーと名付けよう。青くて柔らかいので。我ながら完璧なネーミングである。
「にしても、街はどっちに行けばあるんだ?」
洞窟を出た先は、周囲が岩だらけの場所だ。少し遠くには絶壁があり、洞窟側も同じ。恐らく山間の谷間かなんかだろうと思われる。
「ルートは四つ……」
右か。左か。もしくは……前後どちらかの絶壁を登るか、だ。
以前なら絶対選択肢になりえなかっただろうが、今の俺なら絶壁を登れそうな気がする。
「よし、登ってみるか」
駄目そうなら、その時は改めて左右のどちらかに進めばいいさ。そう気軽に考え、洞窟の壁面に手を付ける。
だが力を込めると『ベキッ』と音が鳴り、掴んだ突起部分が砕けてしまう。
「おいおい、いくら何でも脆すぎだろ」
こう脆いと登るのは難しい。そう思って諦めようとした所に、急にひらめきが降って湧いて来る。脆いのなら掴むんじゃなく、腕を壁面に突っ込んで登ればいいじゃないか、と。
「我ながらさえてるぜ。おりゃ!」
腕を壁面に突き込むと、狙い通り深々と突き刺さる。その状態で体重をかけてみた感じ、しっかりしているのでこれならいけそうだと判断。
「じゃ……おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!」
右手左手を交互に突き刺し、俺は絶壁を勢いよく登る。そして程なくしてその頂上へと上り詰めた。
「上は森か……つうか、全部若干背が低いな」
生えている木は、もちろん俺よりは大きい。だがどれもこれも、若干低く感じる。それに幹の太さも細い。
「ま、異世界だからか……」
地球でだって様々な高さの木が生えているのだ。異世界なら猶更である。俺は取り敢えず、ぱっと見一番高そうな木の上に登って周囲を見渡してみた。
「お、あっちの方に煙が見えるな」
煙と言えば火。そして火と言えば文明だ。神様から、この世界に人間がいるのは確認している。なのであの火は、人間があそこで焚火しているに違いない。
「うーん。まあ魔物の可能性もあるけど……取り敢えず、行くだけ行ってみるか」
異世界の魔物なら火を噴いてもおかしくはない。が、そんな事を一々気にしていたのでは、いつまでたっても人間の住む場所には着けなくなってしまう。もし仮に強い魔物だったとしても、時を止めて走って逃げればいいだけだ。
「追いつかれそうなら、最悪洞窟に逃げ込めばいいしな」
という訳で、狭い木の間を抜け、俺は煙の上がっている方へと進むのだった。
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