第6話
赤色の耳毛に、白の星型。大柄な獣人種にあって比較的小柄な体格。といっても人と比べればそれでも普通の10代そこら女の子と大差はないだろう。胸やお尻の肉付きは良い一方で、そこから伸びる手足はや腹部は筋肉質で引き締まっている。体格に反して、その力は獣人の中でも抜きん出て凄まじく、この少女――ヒルデに力比べで勝てるものはこの村にはいない。
力だけではなく、運動能力も高く、村で一番の狩人だったりする。
そんな彼女でも、今彼女が抱えてる大きさのメノ・ボアを一人で仕留めるのは至難の業だ。だからこそ、その強烈な突進を受け止めた青年に対して、彼女は少感じるところがあった。
村に訪れた突然のよそ者。
その存在が彼女の心の奥底を小さなトゲが刺さったようにチクリとする。
「これ、締めて解体しておいて」
ボアの巨体が砂埃をあげながら乱暴に地面に降ろされる。
「こりゃまたでかいな。なんだひとりで狩ったのか?」
ヒルデの眼の前では、年かさの男性獣人が木組みの枠に吊るされた野鳥の解体作業を行っている。
「いいや。昨日の人間とが捕まえた。仕留めたのはあたしだけど」
ほぉーと感心するような声をあげる獣人。
「そりゃすごいな」
「解体できたら他のみんなにも配っておいて。きっと村長が伝えてるはず」
「ヒルデ、お前がいえばいいじゃないか。みんなもきっと喜ぶぞ」
「あたしはいいよ」
「お前が村長んとこに預けられて10年になるが、皆とももう少し仲良くやったらどうなんだ?」
獣人はボアの周りをぐるりを周回し、状態を確認しながら、ヒルデに話しかける。
「いや、人族出身である以上、あたしは本当の意味で村の仲間になれない」
「いつまで昔の事を気にしてるんだ。もう村の皆はお前のことよそ者だなんて思ってないし、村にはお前みたいに外から来た奴らだって増えたじゃないか」
「いいんだって。あたしは村のために出来ることだけをする。それが獣人を見捨てた父さんと母さんのかわりに出来ることだから。大戦が終わっても帰ってこないんだ。二人は向こうでよろしくやってるか、死んでるよ」
獣人の男は両手を腰のあたりに当てて、呆れたようにため息をつく。そんな彼を横目にヒルデはその場を後にした。
猫耳の獣人ヒルデ。
彼女はこの村の出身ではない。
彼女両親は強靭な肉体を持ち、そして類まれなる戦いの才能をもった獣人だった。既に人族との交流を断って長い時間が経った集落において珍しくも、彼らは「争いを終わらせる」という希望を持って仲間の静止を振り切り、ふたりして人族の王都を目指し集落を出た。集落にとって、ふたりの存在は守り手として非常に重要だった。守り手を失った集落は、それからしばらくして、その地を離れざるを得なくなった。
それから数十年の後、どこで知ったのか新たに居を構えた集落の元に片割れの女獣人だけが訪れ、幼いヒルデを村長に預け、そしてまた村を去った。
村人たちは言い得ぬ感情を抱いた。彼女は正式な騎士しか着用を許されない甲冑を身にまとい、他に数名の獣人の部下を連れていたからだ。
自分たちは逃げ惑いながら、明日を生きられるかわからない瀬戸際を強いられているのに、村を捨てた彼女は、と。
もちろんこの感情が、身勝手なものだという事は村人もわかっていた。命を賭して、戦いに赴いた者と逃げることを選択したもの。ただそれだけの違いだった。
事実、争いに参加した獣人の多くは前線に送られることが多く、命を落とした者の数は数え切れない。逃げる選択は結果的には獣人にとって最善最良だった。だがそう簡単に感情の整理は出来ない。
彼らがいなくなったせいで、彼らのせいで。私達は今の生活を強いられている。
そんな醜い感情の矛先は、ふたりの子供だという、ヒルデに向けられた。
村長の庇護もあったので目立つ暴力などはなかったものの、裏切り者の子どもと汚い言葉で罵られ、小さな悪戯の標的にされた。
各地の生き残りを集める過程で、そういった村人の意識も薄れてはしたが、その手の嫌がらせはヒルデが10歳、ちょうど5年前まで続いた。その頃になるとヒルデは親譲りの身体能力の高さを見せるようになり、力も村の大人に引けを取らないほどまで強く成長した。
ある日、村に紛れ込んだ魔獣をひとりで仕留めたことがあった。大人の男でも対処に苦慮する大きさの魔獣だった。それを10歳そこらの少女が素手で退治してみせたのだ。
ヒルデはあの時の村人の表情が忘れられない。恐れているのか喜んでいるのかどちらなのかわからないあの表情。
その一件以来、村人からの嫌がらせも止まり、大戦の終結の報の後には改めて謝罪もあった。
最近では人族とのいざこざも起こり始めている。ヒルデの力はこの街にとって欠かせない物となっていた。
しかし彼女にとってはそんなものどうでもよかった。
耳にこびりつく、「裏切り者の子供」という呪いの言葉。自分の力に恐怖する表情。
彼女はただ感情を押し殺して、村に尽くすだけだった。
それが自分の両親が村にしたことに対しての贖罪だと言わんばかりに。
そんな彼女だからこそ、人族の青年に対して、よそのもの青年に対して少しだけの親近感を抱いてしまっていた。
「あいつ……なんて名前なんだろ?」
そうして彼女は日課である、森の見回りに出向く。
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