ギャルゲ主人公、高校での青春を始める。

 翌日。午前の授業が終わり、俺は高校で新しくできた友達と、教室で弁当を食べていた。

「橘の弁当美味そうだよな~。俺のはいつも似たようなもんばっかだからな~」

そう愚痴るのは根岸陽太。入学して割とすぐに仲良くなった、隣の席の奴である。ちょっとアホだが、根は良い奴だ。根岸だけに。

「作って貰ってるだけありがたいと思え。お前のも十分美味そうだろ」

「ちゃんと感謝はしてるぞ~。にしても、お前の弁当量少なくね?足りてんのか?」

「お前のと比べんな」

俺の弁当の量は標準だ。根岸の弁当が特別多いってだけ。

 スポーツ推薦で入学してきた根岸は図体がデカい。そのせいかアホみたいに食べる。いつもこの量の弁当を作る根岸の母親は普通に凄いと思う。尊敬しかない。

「でもお前の弁当ってやっぱアレか?」

と突然根岸が聞いてくる。

「アレ?どれだよ」

根岸が声を小さくして言う。

「やっぱ英さんが作ってんのか?」

「ングッ!」

急に投入された爆弾に喉を詰まらせる。

「ゲホッゲホッ!…何でそうなるんだよ」

「だって英さんと付き合ってるんだろ?幼馴染みだしさ〜。毎日愛妻弁当♡とか無い訳?」

「ねーよ」

そもそも莉愛の愛妻弁当すら食べた事無いのに。

「そもそも付き合ってすらねーよ」

「マジ?女子達噂してたぞ?」

 広まるの早くね?勘違いされたのって昨日だろ?女子の情報網、恐るべし。

「いやほんとに付き合ってない。只の幼馴染みってだけ。」

誤解は早いとこ解いておいた方が良いよな。莉愛の機嫌の為にも。

「へーそっか。あんな可愛いのにもったいねぇ~」

「そうかぁ?勝手に部屋入って来るし、誘い断ったら怒るし、あんま良いこと無いぞ」

「それが羨ましいんだろ〜!あー!俺も可愛い幼馴染み欲し〜」

根岸お前、クラスの女子達から冷たい目で見られてるぞ。









 6限は体育だった。体育では1組は3組と合同だ。今日は100m走の計測をする。

「キャー!橘くん頑張って〜!」

 女子の黄色い悲鳴が聞こえてくる。いやはやまったく。モテる男は辛いね~。

 一緒に走るのは…根岸か。スポーツ推薦で入学した野球部のコイツは勿論足が速い。

「橘!負けねえからな!」

「こっちのセリフだわ!」

おお、こういうの青春っぽい。

「………」

根岸への声援は無かった。元気出せ根岸。





「位置について…よーい」

パァン!

 ピストルが煙を上げると同時に地面を蹴る。スタートは上々、自身のレーンを駆け抜ける俺の隣には、根岸が並んでいる。

 くそ、マジで速いな…

ゴールが近付く。一気に加速した俺は、そのままゴールのラインに…






「だーくそっ、負けたぁー!」

「よっしゃ、俺の勝ちぃ!」

結果。負けました。

 最後の加速は根岸の方が圧倒的に速かった。あんな余力を残していたとは。野球部スポーツ推薦の前では主人公補正も形無しか。

 しかし若い身体っていうのは良いもんだ。100m全力疾走しても大して息切れしてない。前世じゃ日頃の運動不足が祟ってこうはいかなかっただろう。

「橘〜!お前足速ぇのな!何で帰宅部やってんだよ~!」

「うるせぇ!俺より足速い奴に言われたくねぇんだよ!」

「お前も野球部どうよ?」

「余計なお世話じゃ!」


 男子が走り終わり、次は女子の番だ。次々と進んで行き、勝った~、負けた~、と言い合う女子の数も増えてきた頃。次の走者の方を見た俺の目は、1人の女子に留まる。

 ショートカットにした菫色の髪に、黄緑の瞳。身長は他の女子と比べても高い。…彼女は3組だったのか。

 最後のヒロイン、端野菫。ゲームでは陸上部のエースだった。彼女はゲーム通り陸上部に入部したらしく、期待の新星として周りの注目を集めている。と、噂で聞いた。

 合図と共にスタートの姿勢に入る。成る程、流石はエース。クラウチングスタートの姿勢がとても綺麗だ。

 ピストルが鳴り、菫が地面を蹴る。うわっ、土めっちゃ抉れた。蹴る力が強いおかげでスタートダッシュの勢いが凄まじい。

 走るフォームがお手本のように綺麗だ。風のように軽やかに駆け抜けている。足の速さは男子の中に混じっても速い部類なのではないか。

 当然というか、一着でゴールだ。タイムを確認した直後、女子に囲まれていた。

「菫、足めっちゃ速〜」

「さすが陸上部のエースじゃん~」

「そんなんじゃないって。やめてよ~」

既に先輩を差し置いてエースだったのか。

「はぇ~。やっぱ端野凄えなぁ。俺も負けてらんねえな!」

と根岸が感心したように言う。それでもまだ根岸の方が速いと思うが。

 向上心が高い所はコイツの良い所だと思う。俺は前世からあんまり野心とかは無かったから、自分をどんどん成長させようとする気概は見習いたいものだ。



 授業が全て終わり、放課後になる。帰宅部の俺はさっさと帰る準備をしていた。

「橘、帰るのか!いつも早いよな~」

「あぁ、残っててもすること無いし」

「野球部見てくか?体験しても良いぞ!橘なら大歓迎だ!」

「いい、遠慮しとく」

あんなむさ苦しい所行きたくない。

 


 家に帰ると一通のLINEが来ていた。開いて見ると椿からだった。

『次の集まりは来週の月曜ですわ!しっかり準備しておいて下さいまし!』

LINEでもこの口調なのか。律儀だな。とりあえず返事するか。

『了解しましたわ!』

すぐに返信が来た。

『怒りますわよ!』

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