7.戦禍の村

 思ったよりも……想像よりも……酷い有様ありさまだった。

 この村……いや村だった・・・・場所で何が起こったのか、この状況を目にして理解できない人間は、もはや人間ではない。畜生ちくしょうたぐいだ。


 おそらくここには幾つかの建物が軒を連ね、中央の井戸を中心に女性たちの井戸端会議が毎日賑やかに行われていたのだろう。

 他の場所よりも道幅が広かった場所には市が立ち、活気ある声が飛び交っていたのだろう。

 少し離れた場所にある小さな教会では『天空神テリー』や『地母神ソフィー』に、ささやかな祈りが捧げられていたのだろう。


 すべては推測でしかない。


 ワタシの前に広がっているものは、全て瓦礫がれきでしかない。

 焼け焦げすすけた木材に、打ち砕かれた壁や石が転がり、無残に殺害された人々の亡骸なきがらが転がっており、それを狙いに大烏ビッグロウどもが奇怪な声を上げて乱舞している。


――何という事だ!?


 武器らしい武器は誰も持っていないし、転がってもいない。つまりこの人たちは兵士ではない。そして傷口は殆ど背後にあるし、こと切れたうら若き女性に至っては……もはや筆舌に尽くしがたい。

 あまりの光景に吐き気を催した。胃臓の液が逆流し、喉を焼く。込み上げる酸味に耐えきれず口からほとばしった。


――酷い……こんな残虐な事をできるなんて……


 殺すな、奪うな、犯すな……これらの事を『当たり前』に教わり、育ってきたワタシにとって、この世界は修羅の世界そのものだ。

 このような事が頻繁に行われてきたというのか?

 知識としてはあっても、良くも悪くもワタシはまだ初陣を果たしてはいないし、そのような機会も無関係のまま人生を終えるものだと思い込んでいた。

 しかし、この世界の『現実』は違っていた。


 力なき者は蹂躙され、全てを奪われる。だからこそ、異国人・異民族を敵視し排除しようとしていたのだ。侵入者に良いようにされたら、自らが滅びると……


「大丈夫ですか……?」


 ワタシの背中をミランダ王女が優しくさする。その優しい手の動きにワタシもどうにか落ち着いてきた。


「すまない……このような無残な光景を見るのは初めてでね……」

「いいえ……」


 ワタシの背に添えられていた手に力が入る。気が付けば彼女の手はワタシの背から、腕に移動し、強く握りしめていた。


「……私も……初めてです……」

「そうか……」


 こんな時何て言えば良いのだろうか……?

 学問は得意だが、若い女性の心理はよく解らない。きっとシルヴィ殿なら……そう思ってしまうが、深く考えるのはやめよう。

 ワタシの横で顔を伏せすすり泣くミランダ王女にも、この出来事は衝撃的であっただろう。何よりワタシと違って、被害に遭ったのは自国民であり同胞だ。

 悲しみは如何ばかりなのだろう?


「ミランダ嬢、ワタシの肩を貸す……好きに……」


 言い終えるよりも早く、彼女がワタシに抱き着いてきた……って、真正面から!?

 いや待て! 確かに貸すとは言ったが、肩であり胸ではない! ワタシが変な気分になってしまうではないか!?


 それに、あの『犬騎士ポール』が、ぐぬぬと唸り声を上げ、鬼のような形相でワタシを睨んできている。それでも斬りかかってこないのは、先程判らされた・・・・・せいだろう。それはそれで良いのだけど、いつまでも王女に引っ付かれていては堪らない。


「少しは落ち着いただろうか?」


 ミランダ王女の両肩に手を添えゆっくりと離れる。しかし女性の身体と言うのは、男のソレとは異なり、とても華奢なのだと改めて思う。きっとフロラ嬢も……ってワタシは何を考えている! 集中だ集中!


「はい……ありがとうございます……」


 応える王女に、ポケットからハンカチーフを出して手渡した。しかし、彼女は意味が判らないようでポカンとしていた。

 この時代にはハンカチーフも存在しないのか、それともワタシの行動がおかしいのか全く判断できない。


「ハンカチーフだ、これで涙を拭うといい」

「そんな! このような上質な布で涙を拭うなど!」


 なるほど……そういう事か……


「構わない。我が国では、誰もが持つ当たり前の代物シロモノだ」


 ワタシがハンカチーフをミランダ王女に持たせた時、ガタガタという音と共に一台の馬車がゆっくりと向かってくるのが見えた。やがてそれは、ワタシ達に近づいてきてゆっくりと停止した。

 王立博物館にありそうな古風な意匠デザインの質素な馬車からは、白い装束を身に包んだ壮年の男が出てきて視界に飛び込んできた。


「王女殿下に謹んで申しあげます」


 恭しく礼を取るその男は、どうやら司祭のようだ。それもかなり高位の。


「ヴァレンティヌス様……」


 彼の前に、ミランダ王女もポールも胸に手を当てて礼を取っている。この礼は今でもワタシが聖堂や教会に足を運び、聖職者に施すものと何一つ変わらない。


「急報を受けて参りました。此度の惨劇……慙愧ざんきの極みであります」

「はい……」


 ミランダの表情は沈痛そのものだ。自らの力の無さを痛感しているのだろう。王族として。

 そして『ヴァレンティヌス』と呼ばれた司祭は、穏やかな表情で言葉を紡いでいた。


「怪我を負いし者の手当てをまずは行いと存じます。どちらに?」

「はい、負傷者ならばあちらに……いずれも重篤でありますれば……」

「されば、拙僧はそちらに」


 衛士の一人に案内され、ヴァレンティヌス司祭は、多くの怪我人を集めている広場へと歩を進める。全ての建物は破壊され、屋根が付いている物もいつ倒壊するか判らない。


――いったいどのような措置を施すというのだろう?


 ワタシは、彼の後に続いてその場に向かおうとした。

 が、急に裾を引っ張られた感覚が走り、振り向くとそこには縋るような眼差しの彼女がいた。


「立っているのがやっとなのです……どうか……」


 服越しに彼女の身体が小刻みに震えているのが判る。きっと傍にいて欲しいのだろう。しかし、それを引き受けられるのはワタシではない。この世界ではワタシは何処まで行っても『他人ストレンジャー』なのだ。それに……


「ポール殿……けいの出番ではないか?」


 ワタシは恨めしそうな表情で傍らに控えている『犬騎士ポール』に水を向けた。

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