6.巻き込まれてしまったんだが

 それにしても、このポールとかいう犬騎士は挑発に弱そうだ。おまけに学習能力にも乏しいのだろう。そう判断した。

 この際、少し判らせてやった方が、この『犬騎士ポール』のためにもなりそうだ。


「この痴れ者めっ!!」


 力任せに両手剣を大上段に振り上げるから、身体のあちこちに隙ができる。魔術を出す必要もない。この脳筋騎士が剣を振り下ろすと同時に身体を動かし、彼の背後に回り込んだ。

 ワタシの動きに彼は対応することができず、ワタシが座っていた椅子を両断し、体勢は前のめりになっている。


「振りが大きすぎる、動きに無駄が多すぎる」


 ワタシが彼の両脚を掴んで手に引っ張ると、彼は見事に転倒し床と抱擁してしまう。空かさず彼の背に跨り下半身を力任せに引き寄せた。

 いわゆる『サソリ固めスコーピオンデスロック』という体術だ。日頃余り曲げない方向に身体をねじるから、身体の固い人間には死にも等しい激痛が走る。


――ああ、やっぱり眩しいな……


 此奴ポールの鎧の所為せいで一面の銀世界だ。でも、その銀世界はこの男にさらなる重石おもしとなって、彼の行動の自由を奪っているから我慢しよう。

 とうとう彼は堪らずに「うぎゃー!」と悲鳴を上げた。


「情けない声だな……騎士様」

「お、おのれ……卑怯な……」

「意味が判らんな? けいが向かうのは、戦場いくさばなのであろう?」

「騎士が……騎士が剣を振るわずして……た、戦うなど……」

「ますます意味が判らんな。相対する敵を組み伏せ命を奪う……戦場いくさばとはそういうものだ」

「そのような……卑劣な戦い……下賤のすることだ!」

「笑止な……戦場いくさばに身分の上下などないわ」


 なるほど。この時代の騎士は騎馬に乗って戦う。ジョストのような一騎打ちが主体なのか。まぁ、名乗りを上げて正面からぶつかり合う。横槍など許さない……そのような戦い方という事か。

 確かに、ワタシ達の時代とは価値観が違うかもしれない。

 言わば点と線のような違いともいうべきか……しかし、ワタシは違う時間軸の人間だ。付き合う必要も義理もない。


 ワタシはさらに締め上げる腕に力を加えると、とうとう彼は「グハッ!」と息を漏らした。


「クロウリー様! どうぞ其処までに! 後生でございます!」


 一連の出来事に茫然としていたミランダ王女が、我に返ったのか、ワタシの身体に縋りついてきた。


「この者の非礼は、主である私にございます! なればご慈悲を賜りたく!」


 完全に勝負あったようだ。相手は得物えものを手に斬りかかってきたのだから、正当防衛だ。むしろ返り討ちにしなかったワタシの寛大なる措置に感謝して欲しい位だ。

 ワタシだって、元の世界に戻りたい。このような場所で討たれてやる訳にはいかないのだ。


「これで恩と仇……一つずつでプラスマイナスゼロになりましたな」


 ワタシは冷静に言い放った。

 救助し介抱していただいたミランダ王女の厚意には感謝はしている。しかし、それを理由に戦争への協力をするのはどう考えても割が合わない。それにワタシが従属しているのは、マーキュリー国王であり、王国の守護神でもある『ノイルフェール神』だ。

 それ以外の命令や依頼に従う理由は何処にもないのだ。


「はい……申し訳ございません……」


 小さい声で応え項垂れたミランダ王女の長い髪が彼女の表情を隠す。彼女を覆うオーラは、まさに絶望と表現するに相応しいものだった。


きゅうすればらんす』


 切羽詰まると、人は善悪の見境がなくなり、どんな悪いことでもやってしまう……という意味のことわざだが、ミランダ王女もポールもきっとそういう心情なのだろう。

『傾国の美女』とはきっと彼女のような人の事を指すのではないか? 得体の知れない人間を保護し、自ら介抱するような人間が悪人であるとは思えない。


――仕方がないなぁ……


 ワタシがいた時代に戻るためには『ワタシが知っている』時間軸で出来事が進行しなければならない。でないとワタシは『時間の漂流者』になってしまう。

 えっ?『時間の漂流者』って何か……だって?

 知る訳がないだろう。そう言ってみたら格好良いな思っただけだ。


 それにそうしないとフロラ嬢に二度と逢えない気がしてならないのだ。何せワタシは神ではないのだから。

 ワタシは技を解き、ポールを解放した。それでもポールは動かない。どうやら痛みに耐えかねて失神したようだが、今は彼の状態などどうでもいい。


きゅうすればつうず」

「えっ?」


 ワタシの発した声に、ポールを介抱するミランダ王女が驚いたように黒曜の瞳を見開いた。


「事態が行き詰まって困りきると、却って思いがけない活路が開けてくるものである……という意味ですよ。ミランダ嬢・・・・・


 眼鏡のフレームを右手の中指で押して位置を直しながらワタシは応えた。

 ようやくワタシのペースに周囲の環境が馴染んできたようだ。それでいい。そうでないと再び愉快なお兄さんというネタキャラになってしまうだろう。


 この言葉はいにしえの哲人『フォージャー・U・ハッタリ―』の言葉だ。幼い頃から本を読むのが大好きで、このような格言を覚えるのはワタシの楽しみだった。

 格言は先人達の歩んできた人生の中で生み出されたものだ。自らの人生やこれから辿るであろう道則みちのりをどう選んでいくのか、それらを検討していく上で非常に良い指針になる。

 ワタシはそう信じている。


 それにだ! そろそろ本気を出していかないといけない気がする。

 今の所できたことは『サソリ固めスコーピオンデスロック』だけだ。これでは脳筋の体術師ではないか?

 まずは『ホーリーウェル魔導学院第7年生主席』という立場は伊達ではないという事は示しておかなければならない。


「ええ、よく存じてます。我が国で、今流行はやってますから」

「うっそ!」


 何という事だ。不覚にも、また間抜けな声を出してしまったではないか!


市井しせいではよく子供が悪戯して、親に叱られそうになると、そう言って別の大人の陰に隠れようとしますの。可愛いですわね」

「………………」


 にっこり微笑むミランダ王女。その笑顔はとても美しく可愛いと思わずにはいられないが、それでも何だか勝ち誇られた気がしてしまうのだ。

 もはや絶句するしかない。


 こうしてワタシの介入が始まろうとしていた。

 そうとも。これはワタシが別世界で体験した手記だ。ワタシがこれからより良い道を歩くために忘れてはならないための。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<おまけ>

クロウリーの手記を勝手に読んでいる者達


フ―ディエ「クロウったら、自身で過去にすっ飛ばされたかなりすっとぼけた事していたのね」

サン「姉様、姉様、そんな事言ったら兄様の立つ瀬がないわ」

フ―ディエ「それにしても……クロウも好きな子いたのね」

サン「そうですわね。でもフロラちゃん選ぶなんて、目が高いんじぇないかしら?」

フ―ディエ「そうね! その点は評価してあげるわ」

サン「フロラちゃんはどうなのかしら? シェリル先輩に聞いてみようかな?」

フ―ディエ「それは無粋よ。私達で観察しましょう」

サン「賛成!」

フ―ディエ「しかし、これはクランプ兄様にはお見せできないわね」

クランプ「どうかしたのか?」

フ―ディエ・サン「……!?……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る