5.いや、無理だから

「クロウリー様、お願いがござい……」

「だが、断る」

「速っ! そしてひどっ!!」


 ミランダ王女が口をパクパクさせている。王族と言っても、我が妹サンとさして年齢差はないだろう。予想外の事が起きると『地』が出てしまうようだ。

 まぁ、それは姉フ―ディエも同じだ。人前では貴族として立場もあるから貴族言葉を使うが、家の中では砕けた言葉が飛び交っている。

 多分それは程度の差こそあれ、マーキュリーの貴族は多かれ少なかれ同じものだろう……知らないが。


「おのれ無礼な!!」

「ポール! お黙り! ハウスッ!」

「わふっ!」


 ミランダ王女に叱責され、若僧騎士が押し黙った。


――だぁ! お前は犬か!


 思わず全力で突っ込みそうになった。

 ポールとかいうギンギラギンでまったくさりげなくない若僧騎士が再び剣を抜いたからだ。

 まったく、いちいちワンワンと吠えかかる。それとも、そういう『犬種』なのだろうか?


 同じ犬系男子でも、トムはそんな感じではない。トムの場合は『俺はやるぜ!』的な雰囲気を漂わせて力強い。犬橇いぬぞりでも曳かせたら喜んでガンガン曳いていくような感じすらするが、この若僧は小型犬タイプだ。きっとミランダ飼い主だけに忠実なのだろう。


 って、そんな話はどうでもいい!! また自分に突っ込んでしまった。

 どうもこの世界にやって来てからというもの、違和感ギャップが強すぎて、思考が暴走してしまいがちな気がする。


――落ち着けクロウリー……『常に冷静にステイ・クール』だ


 ここで我が長兄クランプのように、紫煙を燻らせれば格好良いのかもしれないが、ワタシと違ってクランプはおっさん……もとい、20歳以上歳が離れている立派な大人だ。

 危ない危ない。次期当主に向かってうっかり口を滑らせたら、待っているのは、稽古と言う名の『修正』だ。それこそまるで軍隊のように鉄拳が飛んでくるだろう。

 姉や妹達のように、母譲りのワタシの整った顔立ちを兄達のような前衛芸術悪党顔にされては堪ら……ってスト―――ップ!!

 長兄クランプは、すぐ人の思念を感じ取ってしまう。とても勘が良いのだ。魔術では負けるとは思わないが、総合的な能力では、ワタシは長兄の足元にも及ばないだろう。


「私どもは今、マルタン王国の侵攻を受けています。このままではこのケールが蹂躙されるのは火を見るより明らかでしょう」

「……どうやら、そのようだ……」


 非情かもしれないが、他人事のように言うしかない。

 歴史の流れはもう定まっている。ワタシは思うのだ。歴史の流れは大河の如く定められており、全ては必然に拠って成り立っていると。

 だから、奔流の如く流れる河に人間ヒューム如きが多少介入したところで、大筋は全く変わらないと。


「クロウリー様……恩を着せるようで心苦しいのですが、私どもは、あなた様を保護し、魔力と体力を回復させていただきました。どうかご助勢いただけないでしょうか?」


 そう来たか……

 やはりそういう事なのだろう。

 ここは慎重に答えなければならない。

 ワタシの持論と激しく矛盾するのだが、この時ワタシは、答えを見誤れば今後の歴史に影響を及ぼしてしまうのではないかという不安に囚われてしまった。

 大河は全般的な流れは変わらないにしても、運河や水路を人為的に作ることで、そこで派生する事象は起こる。つまり、ワタシ個人の人生ということだ。

 場合によっては王国暦1766年に生まれ、王国暦340年位で死ぬという冗談ふざけた出来事が起こるかもしれない。


 ワタシは何としても皆の所に戻りたいのだ。

 何よりフロラ嬢の顔を見たい!


「……魔術師はどれ位いらっしゃるので?」


 史実と現状を擦り合わせるためにワタシは訊ねた。

 もちろんワタシが介入しないことが最適解なのは言うまでもない。しかし、ミランダ王女の言う通り、このままだとあっという間にこの国は蹂躙されてしまうだろう。


 それこそ史実とは食い違ってくる。


――整合性が取れない……な……


 ケール王国の現状で、マルタン勢を一掃することなど不可能だ。なのに『王国志』には一掃した旨の記述が残っている。

 その時ワタシは、自分よりも青みの濃い銀色の髪をした彼の顔を思い浮かべた。


――シルヴェスター殿なら……如何するだろうか?


 あの光に包まれた時、皆が驚き騒ぐ中、彼は表情一つ変えなかった。まるであの出来事が起こることを予見でもしていたのだろうか?

 『天空神』の御姿に酷似した風貌を持つ若者。むしろ、彼こそ『天空神テリー』ではないだろうか?

 ワタシの中にそんな疑念が浮かんできた。


――バカバカしい……考えすぎだろう


 笑うしかない。我ながら突拍子もない考えだ……とね。


「王宮魔術師は全部で15人。いずれも第2等級の魔術を使える熟練者ばかりです」

――はいぃぃぃっ!?


 冗談だろ?

 確かに第2等級魔術師は、叩き上げの武勲候や騎士爵など、かなり努力した下級貴族やホーリーウェルのような魔術学校の優等生が到達する領域であるのは間違いないが、第3等級の魔術師が一人もいないと言うのか?

 正直驚いた。


 いや待て。ワタシが友と呼ぶ人間の修得レベルが高すぎて感覚が麻痺していたのかもしれない。

 友の中で脳筋で魔術学院よりも騎士学院に行った方がよかったトム……トーマス・レキシントン……ですら既に第3等級の魔術師の領域に到達しているし、平民である筈のフロラ嬢も、シェリル嬢に魔術の手ほどきを受けて能力を開眼させ、正規の学生ではないのにトムと同じ第3等級の魔術師領域にいるが、これは我々だけの秘密だ。

 そっちの方が異常なのかもしれない。きっとそうだ。


 とは言うものの、第2等級魔術師がたったの15人ではどうにも心許ない。これで3000人の敵軍と戦闘になっても、戦線など維持できないだろう。数の暴力の前に魔力切れとなり全滅するのが関の山だ。

 状況は不利を通り越して最悪だった。


「……悪い事は言わない。とっとと降伏した方が良いのではないか?」


 しまった! 思ったことがつい口から零れ出てしまった。

 だが、どう考えてもこの戦いに勝ち筋は見えない。この場所で籠城戦をするにしても、外部からの援軍のない籠城戦など無理筋だ。

 まして、彼等の動揺で察するに、ケールは一切の警戒と備蓄を行っていなさそうだ。まさにマルタンの奇襲攻撃なのだろう。


「貴様ぁっ!!」


 案の定、『小型犬』騎士が抜刀して襲い掛かってきた。

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