4.南の島……②

「私はミランダ・クルーゾン。このケール国の第一王女です」


 上質な絹織物のような艶やかな黒髪を揺らして、彼女は笑顔を浮かべる。

 ……って、今何て言った? マジか!? ワタシを驚かせようと言うのか?

 いやいやそんな酔狂な事をするような状況ではないだろうに?

 いや、落ち着け! クロウリー!

 ワタシは冷静さが売りなのだ。ここでクールさを失ったら、ただの愉快な突っ込みお兄さんになってしまうではないか!


「これは……王女殿下であらせられましたか!? 知らぬこととは言え、ご無礼をお許しください」


 とにかく謝罪した。

 このような行き倒れに王女様自ら見舞うなどあり得ないと思ってしまったのは失敗だったのかもしれない。

 タメ口を利いてしまったのだ、不敬罪で投獄されないだろうか?

 暑くもないのに汗が流れる。まさに冷や汗だ。


 冷や汗は暑い時にかく汗などとは異なり、「精神性発汗」「緊張性発汗」などホルモンバランスの変化などで自律神経が乱れる時にでる生理現象ではあるが「脳貧血」や「低血糖」などの前触れという事も考えられ……って、ちがーーーう!!

 今はそんな事を考えている場合ではないのだ。


「問題ございません。王国と言っても、マーキュリーのような大国の貴族様から見れば、地方領主同然の小国です。どうぞ私を『ミランダ』とお呼びください、クロウリー様」

「ですが……」

「問題ございません……と申しましたわ」


 何だ、この迫力は? まるで我が姉フーディエのような威圧感を放ってくるではないか?

 いや、この深淵まで覗き込むような瞳は、むしろ妹のサンに似ているか……?


「しょ、承知した……」

「良かったぁ!」


 輝くような笑顔を向けてくるミランダ王女。年相応の少女と言うべきなのだろうかやっぱりサンに近いか……


“お兄ちゃん大好きっ!”


 普段は『兄上』とか『兄様あにさま』としか言わぬ癖に、何か頼み事やおねだりしたいときにあざとい態度を取るサンだが、そんな台詞を言われると、訳もなくニヤついてしまう。それほど今の王女様は、とんでもなくサンの姿と被ってしまうのだ。


 その時、ドアをノックする音が響いて、一人の騎士が息せき切って部屋に入ってきた。


「殿下にご注進! 失礼つかまつる!」

「どうかしたの?」


 何だろうこの様子は?

 まるで歴史物語の演劇でも見ているような気になってくる。ワタシの周りでは目にすることはない意匠の鎧に兜を着用している……て言うか、兜の天頂で存在感を示す赤い羽根飾りは、まるで鶏冠とさかだし、磨いているのか、全身を覆う重鎧フルプレートは、ギンギラギンでまったくさりげなくない。

 はっきり言おう、眩しい! まるで狙ってくれと言わんばかりだ。多分、戦場でこんな姿を見かけたら、ワタシなら真っ先に狙う。

 彼を中心に半径200mの範囲魔術を叩き込めば、中隊規模の兵力は確実に削げるだろう……しないけども。


 ワタシの家の家人でも、このような重装な鎧を着る事は無い。むしろ動きが悪くなり、現代戦では攻撃系高速魔術による攻撃の良い的になるだろう。

 友人のトムも、どちらかと言えば魔術師というよりはむしろ魔術剣士に近いものではあるが、彼は全身を覆うような鎧は着ておらず、軽鎧を着用している位だ。

 それはあのシルヴィ殿も一緒だ。


 やはりここは過去の世界なのだろうか……?


「マルタン勢が進軍を開始しました! その数3千!」

「さ、3千ですって……!? そんな兵力……いったい何処から?」


 一瞬にしてミランダ王女の顔が蒼白になった。

 そうだろう。1500年前の世界なら、今のように多くの人口がいたとは思えない。ここが200年代のイオタ島なら、全島民合わせて数千人って所だろう。

 だが、確かに数が多すぎる。斥候が数を見誤った可能性も捨てきれないが、恐らくは『王国志』にあったフィルツブルグ聖皇国の軍勢が混じっているのだろう。


「判りません! 陛下は既に兵3百を率いて迎撃に向かいました。殿下には後詰をとのご命令にございます!」

「いいえ、私も出ます! 兵力差が大きすぎます! せめて魔術隊で支援を……」


 慌てて席を立つミランダ王女。その顔には先ほどまでの優雅なものから一転して厳しいものとなっていた。そうだろう。ケール王国はマルタン王国の侵攻で滅んでしまうのだから。


 実際、彼我の戦力比が10:1では勝負にすらならないだろう。

 まぁ、強力な魔術師でもいれば、話は別……って……ワタシか!?

 いや、ダメだ。全ては歴史の流れを変える事は許されない。全てはその時代時代に生きた人たちが考え選択し、行動した結果なのだ。

 結果が気に喰わないからと、未来人ヨソモノが介入して良いものでは断じてない。


 しかし『王国志』には、この時の戦闘では、マルタンの軍勢は壊滅に等しい敗北を喫して後退したとあった。話を聞く限り『この国ケール』に大規模な兵力があるとは到底思えない。

 それ程までの魔術師が、このケール王国にはいるという事なのだろうか?

 失礼ながら、今のミランダ王女の魔力を観察するに、まだまだ修行中の我が妹サンの1/3……3割にも満たないのではないか? 

 いや、一応言っておくが、サンと3をかけてシャレを言っている訳ではないから、誤解しないで欲しい。

 つまりそういう事だ。


「ミランダ殿下……お訊ねしても宜しいでしょうか?」

「……はい、何でしょう?」

「おのれ! たかが行き倒れの流浪民風情が、王女殿下に向かって何と不敬な!」


 ワタシの声掛けが気に障ったのか、激発した騎士が両手剣を引き抜いて構えた。まぁ、血の気の多い若僧だ。

 見たところワタシより若そうだが、生年で比べれば彼の方が大先輩になるのだろう……ええい、ややこしいな。


「控えなさい、ポール! 無礼なのは其方そなたじゃ、この御方はマーキュリー王国の貴族であらせられる」

「では……この者、いや、この御方は、マーキュリーの魔術師様であると……!?」


 長くて重い両手剣を構えたまま、ポールと呼ばれた若い騎士は固まってしまった。


「その通りよ……マーキュリーの貴族は魔術師しか成れない。たとえ詐称しても我が技能スキル『真実の眼』は、真偽を見抜く……この御方の身分は嘘ではないわ」

「なんと……この場に『魔術師殿』が居合わせるとは、何という僥倖ぎょうこう! これもノイルフェール神のお導きなのでしょう!」


 そう言って両手の指を絡め、天井の絵に祈りを捧げる王女殿下と若僧騎士。

 光を浴びる王女殿下の輝く絹のような光沢を放つ黒髪が相まって、何と美しいことか……!?

 ああ、若僧騎士かい?

 こいつは無駄に鎧が反射して眩しいから鎧を脱げ。


 ……って、いや待て待て! 根本的におかしい。

 何だか流れ的にワタシが参戦することになっているような気がするのだが、気のせいだろうか?


 ワタシを包み込む香ばしい雰囲気。もはや嫌な予感しかしなかった。

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