2.魔術実験……②

「俺の記憶が確かならば『時の支配者タイムルーラー』は、暴発すると危険だと聞いておりますが、それでも実行されるのですか?」


 シルヴィ殿が念を押すように訊ねてきた。

 彼は存命するハイパーソン一族の中ではワタシしか行使できないこの術式のことを知っている。やはり只者ではない。


 だからこそワタシの心に火を灯してくれる。自分以上に能力のある魔術師など存在しない! そう自惚れそうになる自分を戒める存在になるのが、神話に出てくる『天空神テリー』を具現化したような容貌をした男だった。


「だからこそだよ、エルスワース卿。ワタシも魔術師の端くれ。どうして高みを目指さないものかよ」

「しかし、時間の完全支配は『魔術』では無理です。『魔法』を行使しないと」


『魔法』……それは、我々人類が行使できる『魔術』より高位のことわりで為される究極の術。人の身である以上、何をやっても到達することは叶わない、まさしく神の御業のことだ。

 しかし……!


けいの言は正しい。さりながらワタシも魔術師の端くれ。どうして高みを目指さないものかよ」


 それはワタシの……先輩魔術師としての……意地かもしれない。

 自分でも意識してクールに、冷静に振舞うことは常に意識している。それでも、自身の奥底では熱く燃える炎が宿っている事に気付く。

 そうさ、ワタシは負けたくないのだ。どんな相手でも……それが、近頃耳にした隣国ジール王国に現れたという『勇者』であっても。


「下がっていてくれ」


 彼らを遠ざけて、ワタシは発動実験に取り掛かる。

 一回でも多く、魔力を大幅に削り取られていく不快感に耐える訓練をして、この感覚に慣れなければならない。『時の支配者タイムルーラー』の発動段階は一番初歩的な1段階目で良い。時の流れを1秒間だけ1/2に引き延ばす。

 一段階目とはいえ、大きな術式なので魔力はごっそり持っていかれるが、昏倒するほどのものではない。だから詠唱に入る。


「時を司る者よ、此処に於て、我が願いを聞き入れ給え。天を駆け、大地を進み、万物を律する守り手よ。我は今ここに請願す。古の魔術師より受け継がれし叡智よ、我は今、波濤の如き時の荒波を鎮めんと欲す。星より来たりし者よりの力を借り、時の流れを和らげ給え。その力を我に与え、荒れ狂う奔流たる時間の流れを静かなる河の如く緩やかにすることを許し給え。時を超克せしめ、叡智の名において我は司らん!

時の支配者タイムルーラー』を!!」


 左目に何ともいえない違和感が訪れ、視界の中に時計の文字盤が浮かび上がる。痛みはない。

 痛みはないが、周囲に光が満ち溢れてきてとにかく眩しい。しかし眩しさがいつもより違うような気がする。


「なんと……!?」


 周囲を見れば、周りの皆が慌てている様子が見える。そして、滅多に表情を崩さないシェリル嬢ですら!


――いったいワタシに何が起こっていると言うのだ?


 しかし、シェリル嬢の隣にいるシルヴィ殿だけは表情を変えず、ただ見守っている。


――いったいどういうことだ!?


 その疑問に回答出来得る理由など見つかる筈もない。

 白い光は輪のように広がり、ワタシを囲むように包み込んでいく。

 魔術の発動に失敗したのだろうか? 失敗したとしたらいったい何が原因だったのか?

 構文か、魔術式そのものか……いや、どちらも間違いはなかった筈だ。だとすれば、呼吸なのか、それとも魔道路の拡張が十分でなかったのか?

 様々な原因を考えてみるが、一向に原因が思いつかない。その間にも光の輪はますます広がっていき、ワタシを完全に包み込んだ。


――なんて事だっ!


 そう思ったが、もう手遅れだった。

 光の輪に包まれたワタシの意識は、あっという間に刈り取られた。



■□■□■□■□



 暑い……とにかく暑い。

 肌を焼くような照り付ける日差しを浴びているようだ。ぼんやりとした意識の中で目を開いてみると、青い世界が何処までも続いている。


――これは空か……?


 動きたいが、身体がワタシの意思に反して拒否を続ける。全身から伝わる倦怠感には覚えがある。

 そう、魔力切れだ。これが戦闘中でなくて良かったと思うが、いざこうなってしまうと方法は三種類しかない。

 一つは自然回復。

 文字通り休息や睡眠を通じて回復する方法だ。

 二つ目は薬物回復。

 これは、魔力ポーションや魔力回復薬を飲んで強制回復する方法。

 最後は魔素排出マナドレイン

 魔力を持つ者から魔力を供出させて回復する方法だ。

 そして、今選べる選択しは一番目しかない。


 王都バーニシアでは、このようなギラギラと照り付ける事など年に何回あるか数える程度しかないが、たまたま今日はそんな日なのだろうか?

 そんな事をぼんやり考えていると、突如身体を揺すられた。


「騎士様……もし、騎士様?」


 呼び掛けられる声に、ようやく意識がはっきりとしてくる。

 目を開くと、視界の中には見渡す限りの青い空と白い雲。そして見慣れぬ若い女性の顔が飛び込んできた。


「このような所で、お倒れになられて……如何なさいましたか? 騎士様?」

「あ……うん……大事ない……」


 そうは応えたものの、魔力の全てと体力の多くを持っていかれたらしい。立とうとしても立つことすら儘ならず、よろめいてしまう。


「危のうございます! まずは、こちらの馬車へ!」


 手で指し示された先には、いささか、いやかなりレトロなデザインの馬車があった。一応塗装はされているようだが、形状そのものは……そうだな、王立歴史博物館にありそうな代物シロモノだ。


 差し伸べられた手を取った瞬間、ワタシの身体は、予期せぬ方向へ引っ張られた。

 やばい! これでは、このご婦人にぶつかってしまう! 

 いや、ワタシ的にはラッキースケベ的展開ではあるのだが、状況が把握できない中で、公然猥褻罪で捕縛などという事態は避けたい。

 そう思った刹那、身体が大きな力でグィッと引っ張られた。


「なっ!?」


 気づけば屈強そうな男達が数人、ワタシを取り囲んでいる。何か対抗をと思ったが、魔力も尽き体力も低下している中ではどうすることもできず、ワタシの意識は再び遠ざかっていった。

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